「the」とは感覚であり、「a」とは概念である

養老:リンゴが何個あっても、全部「リンゴ」にする。1個1個が本当にリンゴなのかどうか、いちいち確かめているかというと、別に確かめてはいません。

 今、私が「リンゴ」といったときに、どこにもリンゴはありません。感覚的なリンゴはない。

「感覚的なリンゴ」というのは、触ったり、匂いをかいだり、食べたりできるリンゴということですね。

養老:そういう感覚的なリンゴがないにもかかわらず話が通じてしまうのは、「同じもののことを考えている」という暗黙の約束があるからです。言葉でね。「リンゴ」という音が聞こえたときに「あ、リンゴの話をしているんだな」と、みんなが同じものを想起するということが、言葉が成り立つための大事な前提です。その裏にあるのは「同じ」なんです。

 英語は「同じリンゴ」と「感覚的なリンゴ」を最初から区別しています。それが「an apple」と「the apple」の違いです。「the apple」のほうは、感覚から入ってきたリンゴですね。

theのほうは、触ったり、においをかいだり、食べたりできる「ある特定のリンゴ」ということですね。つまり「感覚的なリンゴ」。

養老:そうです。だから「このリンゴ」「そのリンゴ」「あのリンゴ」になるんです。一方、「an apple」のほうは「どこのどれでもない一つのリンゴ」。僕が最初に英語を教わったときは、そう教わりました。でも「どこのどれでもない一つのリンゴ」ってわかります?

わからないです。

養老:それは別な言い方をすれば、「同じリンゴ」ということです。誰もが考えているリンゴで、「リンゴ」という音が聞こえたときに、みんなが想起するリンゴ。それが「同じリンゴ」。難しくいえば「概念」となります。

概念としてのリンゴ。

養老:日本語の場合は、これを「が」と「は」で使い分けています。

(次回に続く)

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