「昨日の私」と「今日の私」は同じなのか?

養老:意識は毎晩、眠ると失われるのに、朝になったら出てくるでしょう。そして朝に出てきた意識は「記憶にある昨日の意識と同じ意識だ」と考える。その「同じ意識」に「私」という名称を当てちゃうのが間違いなんですがね。

朝起きた「私」が、昨日と「同じ私」と考えるのが、そもそも間違っているというわけですか。

養老:言語がそうであるように、意識というのは「同じ」という働きそのものなんです。しかし、この世界を見まわして、同じものってあります?

まったく同じものですか?

養老:そんなもの、あり得ないんです。よく似たものが2つ並んでいたら、置いてある場所も違うし、違うに決まっているんです。

数学はどうですか?

養老:数学は「同じの上」に成り立っています。あれはイコールのなかの世界なんですね。

数学ではなく現実世界では……。確かに「まったく同じ」はないですね。

 この2本の赤ペンは「同じ種類のペン」ですけど、いわれてみれば「同じ」ではないです。使い始めた日も違えば、買ったお店も違いますし。インクの残り具合も違います。

養老:ほら、同じものって、ないでしょう。

 でも、「同じもの」だと思って生活をしています。よく考えれば「違う」はずのこの2本のペンを、「同じ」だと私たちは認識している。

養老:それを「概念」というのですよ。

次ページ 「the」とは感覚であり、「a」とは概念である