本ケースのコンプライアンス的問題とは?
さて本ケースについて、コンプライアンス的に何か問題はあるのだろうか? 読んでいただければわかるように、違法なことは何もない。左遷されたといっても、降格ではなく単なる異動だから、形式的に見れば鈴木課長にとって不利益な扱いが行われたということも言えない。よって狭義のコンプライアンスの視点から見ると、このケースには何の問題もないのである。
しかしながら、このように悪い情報が隠蔽されることが組織内で習慣化されると将来、必ず何らかの問題が発生し、そして会社が気づいたときには結構大きな問題になっている可能性が高い。したがって、広義のコンプライアンス的には、この段階でマネジメント上の対策を行い、マイナス情報が経営陣に上がる組織を作る努力をしなくてはならない。
では、どうすればよいか。まずは、経営陣までマイナス情報が上がらない理由を考えてみよう。代表的な理由は以下のようなものである。
1つ目は「エスカレーションルール」の未整備である。エスカレーションルールとは、何らかの問題事象が発生した際に、どのような事態になったら、どのルートで、どの役職のどの人に報告を上げるか、誰が責任者となるのか等をあらかじめ定めておくことである。これがあれば、組織の構成員は、事象がルール上のどの分類にあてはまるかだけを判断し、あとはこのルールに基づいて自動的に情報を伝達することになる(自分で判断しなくてよい)ので、経営陣に素早く情報が上がりやすくなる。
リスク対応に敏感な企業では、各種の事態に基づいたエスカレーションルールをほぼ完備しているが、このようなルールの整備もなされず、かつ社員のリスク感度が低い企業の場合は、情報が上位に上がるのが遅れ、対応も後手に回ることがある。このようなことから、まずはエスカレーションルールを作って運用することが重要なこととなる。
2つ目の理由は「伝令殺し文化」である。マイナス情報がもたらされた際に、上位者がその情報を伝達してくれた人をこっぴどく叱ってしまうことがある。これらの行為を「伝達者を殺める行為(kill the messenger)」と呼び、これらが常態化している組織を「伝令殺し文化」のある組織と呼ぶ。
このような文化があると、誰もが叱られることは嫌だから、情報を上げることを躊躇する。その結果、情報が上がるまでに時間がかかる。ここで重要なことは、伝達された情報がマイナス情報だからといって叱ってはならないが、情報が上がってくるのが遅い場合は、「もっと早く情報を上げてほしい」と指導すべきだということだ。
たとえ、情報が不完全であっても、早く情報を上げてくれたことに感謝し、叱るどころか褒める文化を作っていくことが望まれる。本ケースのように、情報を伝えた人に報復活動を行うことも、伝令殺しの一つの例であり、このようなことが一度でもあれば、情報は上がってこない。
3つ目の理由は「忖度」である。「このくらいの程度の話は、わざわざ役員にお伝えせずとも私の方でどうにかやっておきます」といって、マイナス情報を下で止めてしまう人がいる。上の人に情報を伝えると、上の人を巻き込むことになってしまい、それによって上の人に迷惑をかけることは避けねばならないと思っているのだ。
これは、古き悪しき日本の組織の典型的な行動の一つだが、必ず改善しなくてはならない。下のポジションと上のポジションでは取れる選択肢の数はまったく違う。上のポジションでは、使えるリソース(法的、人的、資金的)が格段に多く、全社的でトータルな視点からマイナス事象への対応を考えることができる。よってマイナス事象のコントロールは、上部で行うほうがよい。さらに、昔はともかく現代は、知らなかったからといって上司の責任が小さくなるわけでもない。部下に変な忖度をさせることは誰にとってもメリットがないことをあらかじめ知っておいてもらわねばならない。
4つ目の原因は「部署間の責任の押し付け合い」である。問題が複数部署に関わる場合、最初に問題の所在を明らかにした部署が、対応の主幹部署とされ、責任を問われる可能性が高くなる。よって、すべての部署が見ざる・聞かざる・言わざるを続け、その結果、トップに情報がいつまでたっても伝わらないということが起こりうる。
そのような状況を防ぐためには、一般的な報告ルート以外の情報網から、トップ自らが問題事象に関する情報を獲得する能力を持つことが重要となる。具体的には、監査部や企画部といった自分の直轄セクションからの情報提供や、個人的なインフォーマルネットワークなどを活用するのである。これらからの情報提供を受けて、トップ自らが、その真偽や重要性を評価していくことが望まれる。
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