自社にとってマイナスな情報の報告を上司に上げたら、左遷されてしまった――。このような場面に遭遇した人も少なくないだろう。今回は、このようなケースのコンプライアンス問題を考える。
(写真:123RF)
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 「マイナス情報をできるだけ早く自分に伝えてほしい」。最近、このような意思表明をする社長が増えている。不祥事が多いことが背景にあると思われるが、明らかに良い傾向だ。実際に、情報がトップに早く伝わりさえすれば、会社も問題を起こした部署も人も救われる可能性が高まる。しかしながら、社長の言葉に触発されてマイナス情報を提供した人が報われるかというと、現実はなかなか難しいかもしれない。

 下記は同期の課長2人の会話である。

佐藤 知ってる? 鈴木課長の話。

田中 なに?

佐藤 なぜ、突然左遷されたか?

田中 それは聞きたい。みんな不思議だったんだよ。

佐藤 そうね。で、その理由は、懸案のあの技術の性能比で、表向きはともかく実際には競合にかなり差をつけられていることを、社長に直言してしまったことにあるらしい。

田中 なんと……。でも、それは悲しいけれど、事実だから早めに社長に伝わってよかったと思うけどな。

佐藤 社長はバッドニュースを大事にすべきだといつも言っているし、普段から管理職だけでなく平社員にもいろいろな質問をされるよね。

田中 うん。たしかに。

佐藤 それで、たまたま社長と一緒にお客様のところに訪問した帰路で、技術的な観点から見て競合との差はどうなっているか、社長が鈴木さんに聞いたそうだ。

田中 あ……。そこで鈴木さんが本当のことを答えちゃったということか。

佐藤 そう。で、一緒に同行していた誰かが、そのことを研究開発本部のお偉方にチクったらしい。

田中 管掌の佐藤常務とか、木村研究開発部長は焦ったんだろうな。「うちの方が先に進んでる」と社長や社外取締役とかにも言ってたんでしょ。

佐藤 ご明察のとおり。

田中 嘘の報告がバレたというわけか。でも、それいいことだよね。負けている現状をしっかり見つめなおして、やり直しを考えた方がよい。とはいっても、このことで、なんで鈴木さんが左遷されるわけ?

佐藤 そこが問題なわけだ。鈴木さんの人事は誰が決める?

田中 それは、実際には木村部長や佐藤常務だろ。あ、そうか。見せしめだな。自分たちの顔に泥を塗った裏切り者は許さんということか。

佐藤 人事異動は、最終的には人事部がまとめて経営会議にかけるけども、部門内の課長レベルの人事異動は、本社の人事部は実質的にはタッチできないからね。

田中 それはそうだけども……。社長はこれでよいのかな? マイナス情報はできるだけ早く自分にくれと言っておいて、その通りにした人が左遷されてしまったら、誰も社長にマイナス情報を伝えなくなってしまうよ。

佐藤 ただ、この人事は、社長のところには「鈴木さんが左遷された」とは伝わっていないと思う。あくまで技術開発本部内の定期的なローテーションの一環であり、鈴木さん本人にとっても、新たな能力開発のための挑戦的な異動だとかなんとかいう大義名分は立つ。

田中 あぁ……。じゃあ、鈴木さんはどうしとけばよかったの?

佐藤 サラリーマンとしては、公式見解のとおり「うちの方が強い部分と弱い部分があるが総合的には勝っている」と言うべきなんだろうね。

田中 ふーん。なんか悲しいね。

佐藤 物言えば唇寒し秋の風。偉い人が「悪い情報はなんでも伝えてほしい」などと言っても、うかつにそれに乗ってはいけないというのが、古今東西の歴史の教訓というわけだ。

田中 ……。

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