本ケースにおけるコンプライアンス問題とは
本ケースに関して、考えたい論点は2つある。一つは、顧問が意思決定に強く関与し、その意向でもって契約先を変えてしまうことがコンプライアンス的に問題になりうるかどうか。もう一つは、当社の顧問が契約候補先の顧問をしている場合に、両者間の契約に関する意思決定に介在することがコンプライアンス問題になりうるかどうかである。
一つ目の、顧問が実質的に意思決定を支配してしまうことについて。本ケースは、2人の課長が思い込みで話をしているにすぎないので、ここでは、重要な意思決定をする状況下にあって「陰の実力者である顧問がすべてを決定し、その後、職制上の意思決定者である取締役や事業部長、あるいは会議体において、その決定が形式的に追認される場合」を想定してみよう。皆さんはどう考えるだろう。結論としては、これがコンプライアンス問題(法令や会社の規程違反)になるかというと、おそらくならない。形式的には、あくまで職制上の責任者が、顧問に意見を聞いただけであり、決定したのは、その責任者や会議体だからだ。
ただし、顧問の決定を取締役が追認し、その後に行われた取引で会社に損失・損害が発生した場合には、追認した取締役は経営判断の原則に違反し善管注意義務違反があるとの理由から、損失・損害についての賠償責任や経営者としての責任を問われることがある。
二つ目は、当社の顧問が契約候補先の顧問をしている場合に、両社に関係する意思決定に関与してよいかという問題であるが、こちらも問題にならない可能性が高い。顧問はあくまで顧問であって、会社を代表しているわけでもなく、意思決定の当事者でもない。この契約に関して当社顧問として意見を述べているだけである。本ケースにおいては、佐藤課長が「利益相反だからコンプライアンス問題だ!」と述べているが、利益相反とは、職務を行う地位にある人物が立場上追求すべき利益・目的と、その人物が他にも有している立場や個人としての利益とが、競合ないしは相反している状態をいう。
その意味で小林顧問は、当社の顧問として当社の利益を追求する立場とITO工業の顧問としてITO工業の利益を追求する立場が競合しうる立場にあり、潜在的に利益相反を生み出す可能性のある状態にはある。しかしながら、それがただちにコンプライアンス的に問題行為になりうるかというと、そうはならない。状態がそうであるからといって、問題が発生するとは限らない。
ただ、その際に、小林顧問がITO工業の商品や組織などの内容について、虚偽の情報を当社に提供し、当社の意思決定を誤らせた等の問題があれば、当社の顧問として不適切な行為となる。ただし、そのような行為がなければコンプライアンス問題にはならない。とはいえ、両社の顧問をしているような場合には、先方の会社の利益と当社の利益の整合性が取れる場合ばかりではないため、倫理上は、意思決定に関与しないほうが良かったとはいえる。そもそも顧問契約を結ぶときに会社の利益にならないアドバイスや利益相反的なアドバイスをしないように定めておくことで、こうしたアドバイスをコンプライアンス問題とし、契約違反の責任を問うことも可能である。
通常の商行為においても、A社とB社の取引を進めていく際に、C社が間に入って、契約が成立したらA社とB社の両方から報酬を得るようなビジネスがある。この場合、C社はA社もしくはB社にとっての最適解を導こうとするよりも、取引を成立させようとするインセンティブが大きくなる。A社とB社の双方にとって満足いく契約が導かれれば良いものの、互いの利害調整がうまくできない場合は、C社は、A社かB社、またはその両方から「あなたはどちらの味方なのか? 信用できない」として排除されるようなこともある。したがって、間に入る会社は両社の状況をしっかりと理解し、正しく利害調整を行い、自分たちの置かれている立場をよく理解したうえで、信用を損なう行為をしないように注意深く行動しなくてはならない。間をつなぐビジネスには常に信頼を失うリスクがあることを認識しておく必要がある。
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