どんなことに留意すべきか

 さて、ここまで読んでも、「自分はおとり広告なんてやろうと思わないし、こんなことは自分の人生には関係ない」と思われ方もおられるだろう。

 それはそうであってほしい。しかし、本ケースのように、すでに何らかの企画が走っており事前に多額のコストが発生(または確定)していたりすると、本来は会社のダメージにつながるため中止すべきであっても、多額の損が発生することを避けたい気持ちが働くことから、中止を躊躇する事態に誰もが陥る可能性がある。

 この古典的な例が、1970年に米フォードの戦略的小型車「ピント」にまつわる通称「フォード・ピント事件」である。

 ピントの燃料タンク配置には、被追突時に燃料漏れ・火災を起こしやすい欠陥があった。しかし事故の損害賠償を求めた裁判において、フォードは欠陥を知りながら「設計改善費用より事故発生時に支払う損害賠償額のほうが安価」との内部の費用便益分析に基づいてこれを放置したことが暴露され、非難された。この結果、フォードは多額の賠償金の支払いを命じられた上、企業としての信用も失墜することとなった(ウィキペディアの「フォード・ピント」より)。

 進めてきた企画を一からやり直すと、これまで使ってきたコストが無駄になり、さらには追加で必要となるやり直しのコスト、さらには時期の遅れなど多額の損が確実に発生する。一方で、このまま遂行してしまえば、たとえ社会的に問題(違法行為を含む)を引き起こしたとしても、大きな騒ぎにならなければその費用はやり直し等で発生する損よりも少なくすむ可能性がある。それならば、「可能性に懸けてみよう」という意思決定をすることは十分にありえるのだ。

 本ケースでは、佐藤宣伝課長はプロモーションのプロであるがゆえに、おとり広告や景品表示法違反の生み出す社会的問題について敏感であり、この問題を重要なものととらえている。一方、田中営業課長はこの状況をそれほど深刻なものととらえていない。そして役員たちも深刻なことととらえる可能性は低いだろうと考えている。

 皆さんの会社でも、類似する状況が起これば、ほぼ確実に、慎重派と許容派に分かれて、その対処法に関して意見が分かれるだろう。一般的に、コンプライアンス意識の高さ低さとは別に、SNS(交流サイト)などの影響力を強く感じている人は慎重派となり、そこに鈍感な人は許容派となる傾向が高い。私としては、最終の意思決定をする人たちが、コンプライアンスに対する意識が高く、かつ消費者や社会の状況に敏感であることを願っているのだが、残念なことにそうではない会社が多数見られるのも事実なのである。

※監修 浅見隆行弁護士(アサミ経営法律事務所)

[Human Capital Online 2022年7月12日掲載]情報は掲載時点のものです。

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