本件のコンプライアンス的問題とは?

 口コミサイトに虚偽の情報が書かれているために、優秀な人材の採用に失敗することがある。そうなると書き込みによって直接の損害を被る。このような状況に対して会社は、(1)さらなる損害の拡大を避ける(書き込みを削除させる)ことと、(2)被った損害の補償を求める(書き込みを行った人に対して損害の賠償を求める)――という2つの方向で対応を考えることになる。

 「書き込みを削除させる」だが、一般的には下記のような方法で実施される。

 まずは、サイトの管理者に削除を依頼する。しかし、それが実現できない場合は、民事保全法に定められた裁判所への仮処分の申し立てによってサイトの管理者に削除を求める。

 サイトの管理者に投稿の削除を直接求めること(送信防止措置依頼)は普通、最初にとられる対応である。しかし、サイト側は要求に応じて口コミを簡単に削除していては、サービスそのものが成立しなくなるので、積極的に依頼には応じようとはしない。ただ、口コミの内容が明らかに虚偽であり、企業の営業権を侵害していることや社会的信用の低下を招いていることを企業側が証明すれば、削除申請には応じる方向に動く。とはいっても、口コミのスレッドが全面的に削除されることはまれである。

 会社側がそれでは満足できない場合、裁判所に対して「削除仮処分」を求めることになる。これは、内容の削除を求める申し立てだが、ここにおいても、裁判所が重視するのは口コミの内容が虚偽であり、かつ、仮処分に必要な根拠法令の要件を充たしていることを企業側が立証することであり、十分に立証して初めて、裁判所が削除の仮処分を発令する。

 本ケースの場合であれば、巨額な不良債権の存在や、サービス残業の常態化、派閥抗争などが書き込まれており、その存在がないことを証明することが会社には必要だ。存在がないことを立証するのは、あることを立証するよりもはるかに難しいが、企業ブランドへのダメージが大きい間違った書き込みに対しては、断固たる態度で対応することが求められる。

 しかしながら、仮処分のためには虚偽であると証明するだけでは不十分である。書き込みによって企業の社会的信用が低下していることや、企業が重大で回復困難な損害を被る恐れがあることまで証明しなければならない。また、書き込みが事実である、あるいは当たらずとも遠からずで立証不可能な場合は、書き込みが不正競争防止法の「営業秘密」に該当することなどを証明しなければならず、削除の仮処分を勝ち取ることは難しい。よって、本ケースのような場合は、仮処分は出されず、削除は実現されない可能性が高いだろう。

 次に「書き込みを行った人に対して損害の賠償を求める」である。

 書き込みの内容が虚偽のものであり、その書き込みによって会社が明らかな損害を被った際には、会社としては損害賠償請求を起こす(検討をする)。訴訟を実施しようとする際は、投稿した個人を特定するために、発信者情報開示請求を行い、裁判所に認めてもらうべく動く。この請求も、権利侵害がされていることを明白に示す必要性があり、簡単には認められるものではない。しかし、場合によっては個人の特定の請求が認められることはある。

 その段階で、書き込みをした者が現役社員であることが判明した場合、最終的には金銭等の賠償責任を請求していくことになるだろうが、その前に就業規則上の忠実義務に対しての問題が問われる。会社の利益を不当に侵害しないことは、労働契約上の社員の義務に含まれているのであるから、企業秘密を外部に漏らしたり、企業イメージを損なう誹謗(ひぼう)中傷をしたりする行為は会社の利益に反する。よって就業規則に定められた懲戒の処分の方法と書き込み内容のひどさのレベルに応じて、個人に対する処分が決定されることになろう。

 過去の判例では、個人のウェブサイトに会社批判や取引先の情報を載せた社員に対して、14日の出勤停止処分を命じた会社の処分を有効であると認めたケースや、書き込みが信頼関係を著しく損なうものが明らかであったとして、解雇を有効としたケースなどがある。

 一方、虚偽の書き込みを行ったのが元社員の場合、懲戒処分の対象にはなり得ないので、金銭等の賠償責任を請求する(検討をする)ことになる(ただし、この場合も会社が虚偽であることや会社に損害が発生したことを立証しなければならない)。会社としては、元社員が退職後に問題行為を起こすことを予防するために、「秘密保持契約書」などを退社時に書いてもらうことを要請するという予防手段がある。責任を追及しやすくなるとともに、抑止力を高めることが狙いなのだが、実際には、これらの書類の提出を巡って、退職者と感情的にもめることがある。法的側面と感情的側面の両方を考えながら、上手に書類の提出を求めるノウハウを蓄えていくことが必要だろう。

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