さらに難しいのは思想信条の自由の問題

 さて、本ケースでは、特定の選挙活動に関する行為が違法か、そうでないかの話だけでなく、(1)○○先生を支援したい会社の意向と個人の思想信条との対立、(2)政治的立場を表明していることによる会社利益の損失の可能性と個人の思想信条の自由との対立――の2つの点についても触れられている。これについても考えてみよう。

 組織ぐるみで特定の候補者を強力に応援することは、現在もいろいろな会社で実際に行われているようである。形式的にはボランティアの形をとりながらも、実際には候補者の応援活動に強制的に駆り出されるのだ。では、社員がこの活動への参加を断ると業務命令違反になるかというとそうはならない。選挙運動はそもそも会社の業務ではないので、上司から業務として命じられたとしても拒否でき、処分を受けても無効になる(可能性が高い)。したがって、参加しなかったからといって表向き糾弾はされないが、実際にはあの手この手(昇給、昇進・昇格などの遅れ等)でいろんな制裁を受けることになる可能性が高い。

 2つめの政治的立場の表明が会社に不利益をもたらす可能性については、これもまた地域や業界においては現実的に起こりうる。同様に個人の思想信条の自由は侵せないので、上司は部下に対して「やめろ」とは言えないが、そのような行為を控えてもらえないかといった要望はされるかもしれない。このような場合でも、部下はそれを拒否することはできる。よって、法的には、これらの要望(強制)を拒否すればよい、となるが、ここでもさまざまな制裁を受ける可能性はある。

 したがって、(1)と(2)を通して重要な問題になりうることは、このような職場で働き続けることがその人にとって本当に良いかどうかである。

 法は個人の思想信条を守るための手立ては用意してくれている(ただし、経営秩序・企業秩序、職場規律を乱してはいけない。過去には、職場でビラ配りや貼付をした社員を懲戒処分にした会社の措置を有効とした最高裁の判例がある)。したがって、会社が強制的な処分を課そうとしてもそう簡単にはできない。

 しかしながら、自分の意志を貫くことを継続すれば、ほぼ間違いなく周囲は敵だらけとなり、いろいろな場面で嫌がらせを受けるようになるだろう。政治と仕事の関係において、あるべき姿(法の精神)と本音(営利を求める円滑な組織的活動)の乖離はどうしても出てしまうのである。

 もし、皆さんがこのような状況に陥ったとすればどうすればよいだろうか。もちろん、社会正義のために組織のあり方を正すべく戦ってもらってもよい。しかし、そんなことを気にせず、もっと自由に自分の意志を表現できる会社に転職するのもよい。たかが選挙や支持政党の問題だから長いものには巻かれておけばよいと言う人もいるだろうが、ここに存在する考え方の対立は相当根深く、そう簡単に問題が解決するとも思えない。

 よって長い間、個人はつらい思いをすることになる可能性が高い。どうせなら、不毛な争いに多くの時間とエネルギーをかけるより、もっと建設的な方向に自分の努力の方向性を向けたほうが良いのではないかと私は個人的に考えているが、これについては当人が判断する問題となろう。

(監修) 浅見隆行弁護士(アサミ経営法律事務所)

[Human Capital Online 2021年11月19日掲載]情報は掲載時点のものです。

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