
この10年ほど、製造事業者が最も恐れているのが、品質データの偽装である。困ったことに組織的に巧妙な隠蔽工作がなされており、担当の責任者ほか数人の関係者だけしか、その事実を知らないことが多い。この状態が長い期間継続している。
その結果、たくさんの製品が顧客先で稼働しており、発覚すれば会社に与えるダメージは極めて大きなものになる。そんなことから「今さら本当のことが言えない」状況に幹部は追い込まれるのである。以下は、そのような会社のコンプライアンス部長と製造部長の会話だ。
田中製造部長 佐藤さんも心配症ですねー。
佐藤 田中さん。もう一度お聞きします。本当に問題ありませんか?
田中 ……佐藤さん、何かありましたか?
佐藤 田中さんは製造部に入られて何年ですか?
田中 ……入社後、ほぼ一貫して製造畑ですから25年です。
佐藤 では、「製品X」は製造ラインの立ち上げのころから関与されてますよね。
田中 ……はい。
佐藤 データ偽装は初めからですか?
田中 ……
佐藤 詳細なデータを我々は既に持っています。田中さん、本当のことを話してください。
田中 …………
佐藤 …………
田中 いつかはお話する日が来ると思っていました。結論から言うと、うちの製品Xはお客様に保証した性能に達していません。ざっと約2割程度水増ししています。外部に公表している性能は、元データから齟齬(そご)が出ないように慎重に作成されたプログラムをかけて補正しています。
佐藤 製品Xだけですか?
田中 …………
佐藤 Xだけしかない、といったことはないと思いますが……。
田中 ………私が把握している限りで言うと、あと3つ程度の製品がデータ偽装をしています。製品α、β、γなどです。
佐藤 このことを、経営陣は知っているのでしょうか?
田中 製造部門管掌の常務はご存知です。研究担当の専務はどうでしょうか? 他の役員はご存知ないと思います。うちの場合、営業部門や管理部門はまったく製造には感知しませんから。
佐藤 お客様は気づいてないのでしょうか。
田中 幸いなことに、普通に使用する分には、カタログでうたっている性能レベルが必要になることはないのです。過剰に高い品質を誇っているだけで、事実上は問題ないのです。
佐藤 製品Xを初めて製造したのは、鈴木元副社長が製造管掌の役員だったときですか。
田中 そうです。鈴木元副社長はプライドの高い方で、すべての品質データで競合に勝つことを強く要求したのです。負けは決して許されないと。
佐藤 そのまま10年以上も……。
田中 申し訳ありません。
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