最近、人事の専門家の間で「心理的安全性」というキーワードが注目されるようになった。心理的安全性を高めることが、チームの生産性やモチベーションの向上につながるという文脈だ。コンプライアンス問題の発生を防ぐためにも、心理的安全性を高めることは極めて重要な課題だ。今回は、心理的安全性を高める秘訣に迫る。
(写真:123RF)
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 「チームが機能するためには心理的安全性が重要」ということが各種の調査によって明らかになっている。また心理的に安全な組織では、気楽に情報が交換されることで学習やイノベーションが促進されるともいう。さらに、日本ではあまり強調されていないが、もっと直接的な効果がある。心理的安全性の高まりはコンプライアンス問題の抑制や早期発見につながるのである。

 以下は、過去に排除措置命令を受けた企業において、同僚の行動を怪しいと思った上司と部下の会話である。

佐藤 最近の鈴木さんの動きはおかしくない?
田中 佐藤さんも、そう思います?
佐藤 きっと、鈴木さんはA社とB社と一緒に何かたくらんでいる。
田中 と言いますと?
佐藤 次回の入札にむけての談合をしていると見た。
田中 あー…たしかに。ちょっとまずくないですか? うちは3年前に問題を起こしました。先日もすぐ隣の業界で談合が発覚して大騒ぎでした。
佐藤 談合は絶対ダメだ。うちは公正取引委員会にずっと目をつけられているし、タレこむ奴もいるだろう。
田中 課長はこの件、知ってますかね。
佐藤 それが問題だ。実は主導しているのが課長かもしれないと思うんだよな。課長はもともと、他社との談合の調整役をやっていたくらいだから。
田中 えー、まじですか?
佐藤 有名な話だよ。昔は公取も今ほどうるさくなかったけどね。案件ごとに、次はどこの会社が受注するか、それぞれ入札価格はいくらで出すか、同業各社間で話し合って決めていた。課長はその調整役をしてたんだよ。
田中 えー。ミスター談合ですか。
佐藤 まあな。
田中 課長が進めてたら問題ですよ。うちの会社は、前回に排除措置命令を受けた以降は、「NO談合宣言!」をしてますし、とにかく談合はダメだと社長も力説してますから。
佐藤 なんだけども、あれ、本気かな。
田中 ・・・・
佐藤 うちの会社を信じていいんだろうか。
田中 うーーん。
佐藤 また公取に入られたら、入札資格が停止になるだけでなく、社会的信用ゼロになって、うちの会社はやばいかも。
田中 部長にそっと話してみます?
佐藤 部長に直接聞くのもまずいだろ。絶対、部長は課長に尋ねて、課長はしらばっくれる一方で、犯人捜しを始める。そしたらこっちに被害が及ぶ。
田中 内部通報窓口もありますが。
佐藤 内部通報窓口に申し立てるだけの証拠もないんだよな。それに、風の噂だけども通報窓口に投書した奴がひどいいじめにあったらしい。通報した情報が加害者に筒抜けになったそうだ。
田中 まあ、監査部の連中を信用しろと言われても難しいですね。となると手立てがありません。
佐藤 俺たちがとれる選択肢は3つだな。(1)このまま知らぬ顔をして本件には関わらず、談合がばれないことを神に祈る。(2)リスクを冒して課長か部長に進言してみる。(3)情報が筒抜けになるかもしれないが、内部通報窓口に投書してみる。どれがいいだろう?
田中 (1)しかないでしょう。(2)も(3)も危険はあっても、私たちに何のメリットもありません。
佐藤 確かに。でも、今回ばれたら会社はえらいことになるなー。もう何回目だろ……。
田中 転職サイトに登録しておいたほうが良いですかね。

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