2020年12月、大手ディカウント業者の前社長がインサイダー取引に関与していたとして逮捕された。「自分は株取引をやっていないから無縁」と考えている方も多いかもしれないが、思わぬところで当事者になる可能性もある。この事件でも、前社長が株取引で儲けたわけではない。今回は、インサイダー取引の発生を防ぐためのポイントを論じよう。
(写真:123RF)
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 新型コロナウイルスやデジタル化が産業界に与えている影響はとても大きい。その結果、これまでの業界構造が変わらざるを得ない状況になってきている。そんな際に企業が採る選択肢の一つがM&A(合併・買収)である。これまでは無縁と思われた業界でも、活発な動きが始まっている。

 以下は、ある上場製造業の経営企画部で働く佐藤さんと、同期で営業部の鈴木さんの会話(架空)である。


鈴木 ねえ、佐藤さん。経営企画部のあなただから聞くんだけど、最近、朝早くから夜遅くまで、会社にダークスーツの一団が来てるよね。あれは誰?
佐藤 怖い人が来てるみたいな言い方だね。
鈴木 いやいや、冗談じゃなくて。イントラで見る限り、一番大きなA会議室もずっと経営企画部が押さえているよね。しかも、来客の名前は書いてなくて、社内打ち合わせをしていることになっている。でも、A会議室を使うような大きな会議は行われていない。きっと、A会議室でダークスーツ軍団がなにかしているんだろ。管理系の役員とのアポも入れられないようにブロックされてるし。
佐藤 ・・・何がいいたいの? 何のことかよくわからないけど。
鈴木 同期に対してやけに白々しいな。ということは、どこかの会社から依頼されたコンサルタントや弁護士がうちの会社をデューデリジェンス*していると見た。図星だろ。
佐藤 ・・・
鈴木 ということは、やっぱりうちはどこかに買われるのか?
佐藤 ・・・・
鈴木 まあ、ITを駆使した競合の出現もあるし、コロナの影響で会社の業績はかなり悪い。株価も低迷しているからな。仕方がないともいえるだろう。で、相手の会社はどこだ?
佐藤 そんなの言えるわけないだろう。守秘義務があるんだよ。
鈴木 おお。やっぱり。歴史的に関係が深いのは田中産業だな。でもシナジーがあるのは木村工業か。それともどこかのファンドか? あっ、そうだ。うちの下請けをやってもらっていた中国企業か。きっとそうだろ。
佐藤 ・・・・・
鈴木 で、もし買収されることになったら、どうなるんだ? うちの株は上がるのか?
佐藤 ・・・・・・・あくまで一般的な話だけど。
鈴木 一般的な話だとどうなる?
佐藤 TOBという公開での株式買い付けの場合、過去の一定期間の株価の平均に3割から5割程度上乗せされた価格が提示されて、既存の株主にこの価格で売ってくれませんかという提案が行われる。
鈴木 おっ。ということは、いま買い増しておけば高く売れるってことだな。
佐藤 おい。何を考えているんだ。それに、相手先がうちを買うという話とは限らないし、まだ何も決まってないぞ。
鈴木 決まってからだと遅いだろ。いずれにしても、買収されたら半沢直樹みたいにずっと肩身の狭い思いをしなくちゃいけない。そんなのはごめんだから、俺は先に別の業界に転職させてもらうよ。
佐藤 ちょっと待て。そんなに悪いことにはならないと思うよ。
鈴木 ん?・・・ということは、買収されるのではなく合併か? 合併なら業界順位も上がるな。それなら今より良くなるか。
佐藤 ・・・・ほんとに、お前は昔から抜け目ないな。お前にだけ話すけど、株買ったりするなよ。それから、絶対に他の人に言うなよ。言ったらえらいことになるからな。
鈴木 さすが、佐藤。昔からお前は頼りになる!

デューデリジェンス:投資を行うにあたって、投資対象となる企業や投資先の価値やリスクなどを調査することを指す。事業内容や財務内容、法的な観点などから詳細に調査される

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