安倍晋三元首相によるコラムの第5回。安倍氏は資源国のロシアによるウクライナ侵攻で大きな課題となったエネルギーの安定的確保・供給を巡り、安全性が確認された原子力発電所の再稼働や、石炭火力でのCCUS(二酸化炭素の回収・利用・貯留)活用などの必要性を指摘し、「エネルギー政策を現実的アプローチへ変えていくべきだ」と主張した。ウクライナ侵攻については長期化するとの見通しを示す。

(写真:竹井 俊晴)
(写真:竹井 俊晴)

 ロシアによるウクライナ侵攻については、ロシア軍が当初目標とした首都キーウ(キエフ)の制圧に失敗し、東部ドンバス地方の全域制圧へと軍事作戦を切り替えました。

ウクライナ国民を見誤ったプーチン氏

 ロシア軍の損耗は大きく、ロシアの国際的評価は地に落ち、欧米や日本などの経済制裁によりロシア経済は打撃を受けています。今回、ロシアのプーチン大統領は明らかに誤った判断をしました。

 プーチン氏は、ゼレンスキー大統領やウクライナ国民がこれほどまでに結束して抵抗するとは予想していなかったのでしょう。「祖国を守る」というウクライナ国民の決意の強さを決定的に見誤ったのだと思います。

 ロシアは第2次世界大戦でナチス・ドイツに勝った5月9日を対独戦勝記念日として重視しています。東部制圧で勝利を宣言したうえでウクライナ政府との間で和平合意を成立させ、制裁解除を実現するシナリオを描いているとみられますが、民間人への攻撃を「ジェノサイド(大量虐殺)」と批判する声が国際社会で広がっている中、和平交渉は難航するでしょう。侵攻は長期化が予想され、悲劇が続くとみられます。

 第2次世界大戦後に築き上げてきた国際秩序の根幹が揺らぎ、軍事的中立を維持してきたフィンランドやスウェーデンが北大西洋条約機構(NATO)への加盟申請を検討するなど世界の安全保障環境は岐路を迎えています。

 こうした中、中国は国際秩序やルールへの挑戦を強めるロシアを擁護する側に立っています。米国の指導力を弱め、多極化を進めていくうえで、ロシアとの関係を重視しているためです。その中国は軍備を拡張し続けています。この状況を我々はもっと深刻に受け止めなければなりません。

 私は「ロシアによるウクライナ侵攻が台湾情勢とリンクしている」と発言してきました。ロシアによる一方的な現状変更を許せば、それを見た中国の習近平国家主席は台湾への軍事的威圧を強めるでしょう。台湾有事となれば、沖縄県の尖閣諸島も危機にさらされます。

 こうした事態を防ぐため、防衛費の増加など我が国の自助努力をまず進め、そのうえで日米同盟を一段と強化し、日米豪印の枠組みである「Quad(クアッド)」など普遍的な価値観を共有する国との連携を深め、アジア太平洋地域にコミットしていく国を増やすことが重要です。