「黒字化の時期は?」と対になる問いかけ
クオリティーという意味では、メディアをはじめとした周辺エコシステム(生態系)の影響力も問われるでしょう。例えば、上場企業の決算会見でよく聞かれる「黒字化の時期は?」という質問。利益を出していくトレンドは重要ですし、EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)マージンやフリーキャッシュフローの黒字化タイミングは大切なメトリクス(尺度)ではあります。
しかし、大きな成長を求めて株式市場で資金を調達する企業に対しては、その質問は常に未来を見据えたもの、例えば来年、3年後、10年後の成長を尋ねる質問とセットでなされるべきかと思います。ビジネスモデルにもよりますが、サブスクリプション型のビジネスであればなおさらです。
株価がどのような要素でドライブされるかは極めて相対的な事柄です。当期利益の項目だけが影響するのであれば、先に上げた質問は意味をなすでしょう。成長が鈍化した企業や利益に対して目が行くのであればやむを得ないとも思います。成長と利益は往々にしてトレードオフの関係にあり、成長していないなら当期利益を期待するのは当たり前だからです。
一方で、世界に打って出られるだけの実力を持つ急成長企業に対して同じ論理を求めてはいけないと思います。利益を優先することで成長が著しくそがれ、成長を優先しても赤字であれば株価が伸びない。経営者としては、打つ手がなく頭を抱えてしまいます。
この本質を見据えた投資家や株式アナリスト、経済記者は、企業が立脚するTAM(Total Addressable Market:獲得可能な最大市場規模)の中での成長曲線と先行投資、その結果得られる中長期的な利益という相関関係の上で企業価値が決まることを十分理解しています。
売り上げを倍々で伸ばしている企業で、当期利益も出ているというケースはレアです。売り上げが急速に伸びているときは、人材や製造設備、営業・マーケティングといった投資を大きくかけないとその成長に追いつかないからです。
では、何が健全な先行投資なのでしょうか。
現在の新興企業のビジネスモデルとして主流のサブスクリプションのビジネスモデルにおいては、本質的な顧客価値はLTV(Life Time Value:生涯顧客価値)で測られます。
携帯電話を例に挙げると分かりやすいかもしれませんが、一度契約するとなかなか解約しないモデルの場合、重要視されるのは一番初めの契約となる顧客獲得で、そこに最も投資することが重要です。
サブスクリプションモデルの場合、契約期間が長ければ、初年度分の売り上げを超える獲得コストを使ったとしても、LTVモデルとして利益化することが分かっていれば問題ありません。成長カーブの角度が高まっているときとは、新規顧客を獲得しているタイミングですから、そこでコストが大きくかかるのは当然です。だからこそLTVを反映できない当期計算書において、成長と利益はトレードオフの関係になってしまうのです。
そこで、当期収益と決算期を超えたLTVの回収を評価するため、財務三表だけでは見えない企業評価が盛んに行われます。
例えば、近年の新規上場企業の多くを占めるSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の企業評価には、「the Rule of 40(ルールオブフォーティ)」と呼ばれる指標が使われます。これは、売り上げの年成長率(%)と、同時期の売上高営業利益率(%)を足し、これが40%を維持している場合、相対的に高いプレミアムが付く傾向を示すことに注目した評価指標です。急成長段階の企業では売上高営業利益率は往々にして負の値となります。
このように、成長と投資のバランスの評価軸には様々なものがありますが、これらの指標に裏打ちされた先行投資リスクを取って成長を志向する企業、イノベーティブなスタートアップに対して社会が前向きな評価をする必要があります。その世論を形成する大きな影響力を持つのがメディアでありスタートアップエコシステムであるという矜持(きょうじ)が求められていると思います。
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