髙田明氏はジャパネットたかたの社長を息子の旭人氏に引き継いだが、それには大きなきっかけがあった。その心情を明らかにする。

ジャパネットたかた創業者の髙田明氏(写真:菅 敏一)
ジャパネットたかた創業者の髙田明氏(写真:菅 敏一)

 このところ、尊敬する方が続けてお亡くなりになりました。それぞれにいいときも、苦しいときもあったと思いますが、その功績は、後の世代に間違いなく伝わると思います。

 8月30日に亡くなったミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領は、戦争のない平和な世界に向けて冷戦を終結させ、これは本当にすごいことだったと思います。ゴルバチョフさんが亡くなってから関連番組をNHKで再放送しており、私も全回見て、改めてすごさを感じています。ゴルバチョフさんは東西冷戦を終結に導き、ノーベル平和賞を受賞されています。長崎県にも来られたことがありますが、残念ながら当時の私はジャパネットたかたの社長として多忙な毎日であり、報道でお姿を拝見するだけでした。

 晩年、ゴルバチョフさんについては、ロシアにおいて「ソ連を崩壊させた」といった批判が多くを占めるようになった、とも聞きます。冷戦終結で世界が平和になったかといえば、ロシアのウクライナ侵攻が開始され、いまだ出口が見えません。それでも私はゴルバチョフさんが残したことは大きいと思います。ロシアの人たちもいつか分かってくれると思っています。

 ソニー(現ソニーグループ)でトップを務めた出井伸之さんは6月2日に亡くなりました。出井さんがソニーの社長に就任されたのは、私が通販の世界に入ってラジオからテレビに進んだ頃だったと思います。当時のジャパネットたかたはソニーの商品をたくさん扱っていましたから、とても印象に残っています。

 出井さんは当時、「世界ナンバー1企業」といわれたソニーのトップに14人抜きで就任されました。ソニー関連の発表会ではこの頃、ものすごい人数の取引先、関係者が集まっており、出井さんと写真を一緒に撮ろうという人が何百人も列をつくって待ちました。私と妻も列に並びましたね。そして、出井さんと一緒に写真を撮っていただいたときの感動を今でも覚えています。

 ジャパネットたかたはこの頃、パスポートサイズのビデオカメラ「ハンディカム」、平面ブラウン管テレビ「ベガ」、電子ブックプレーヤー「データディスクマン」などソニーの商品を頻繁にテレビショッピングで扱いました。社長でありながら通販番組のMC(司会)を自ら務めていた私は日本で一番、「ベガ、ベガ、ベガ」という言葉を発したと思います。ハンディカムではいつも歌を歌いながら商品を紹介していました。

 出井さんの次にトップに就任したストリンガーさんには、佐世保のジャパネットたかたの本社まで来ていただいたことがあります。世界のソニーのトップですから緊張しましたが、私が2時間ほど社内を案内し、テレビショッピングのスタジオでは2人で一緒に写真を撮りました。これをきっかけにストリンガーさんから顔を覚えていただき、パーティー会場で遠くからでも「おー、ミスターたかた」とよく、呼びかけてもらいました。

 経営にはやはりいいときも悪いときもあります。出井さんは株価が下落した「ソニーショック」に直面したこともありました。それでもソニーを退任されてからの出井さんは、コンサルティング会社、クオンタムリープ(東京・港)を立ち上げられたのは素晴らしいと思います。

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