ジャパネットたかたはなぜ、ここまで成長できたのだろうか。「運だけでは続かなかった」と強調する髙田氏は「むしろ縁に助けられた」と振り返る。

経営者として現役だったとき、「ジャパネットの経営は、髙田さんがいなくなったら、大変ではないですか」と言われたことがあります。しかし、私はそんなことを考えたことはありませんでした。
社長時代の私は、ジャパネットたかたを創業以来、とにかく目の前のことに集中し、チャレンジし続けました。結果として、1つの街の小さなカメラ店からラジオでの通販番組に進み、全国にネットワークがつながってテレビショッピングに進出。電波媒体に加え、紙媒体も展開しました。やがて時代の流れに合わせインターネット経由の販売もスタートし、今のようなメディアミックスの形になりました。
先々のことは考えずに「今」を一生懸命に生きていましたし、「私がいなくなったら、どうなるのか」と思う余裕もありませんでした。今のような規模になると考えた人もいなかったでしょうから、周囲にそうした心配をした人がいたのかどうかも分かりません。
成長したいろいろな会社を見ると、中心になって引っ張るのが創業者の立ち位置であるように思います。他の会社の創業者も、そのときには「自分がいなくなったら」とあまり考えなかったのではないか、と思います。ジャパネットたかたの場合も、一生懸命やり続けた結果として今の形になり、100年、200年先を見たとき「どうバトンタッチするか」を考えるようになりました。
私は売上高、利益とも目標を持ったことがありません。あくまで日々を頑張って取り組み、その結果に沿って「次はどうしようか」という思考の仕方で、目標の数字に向かっていくタイプではありません。
この記事は会員登録で続きをご覧いただけます
残り1655文字 / 全文2397文字
-
【春割】日経電子版セット2カ月無料
今すぐ会員登録(無料・有料) -
会員の方はこちら
ログイン
【春割/2カ月無料】お申し込みで
人気コラム、特集記事…すべて読み放題
ウェビナー・音声コンテンツを視聴可能
バックナンバー11年分が読み放題
この記事はシリーズ「ジャパネット創業者髙田明「今を生きる」経営」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?