EU運営を巡って「斜め」の亀裂も

 最後に紹介するのが「斜め」の亀裂であり、これはEUの運営方式に関するものだ。EUの意思決定は基本的に加盟国で協議が持たれるが、実際は事前にドイツやフランスといった大国主導で大枠が整っていることが多い。これに対し裕福な沿岸諸国が反旗を翻す動きが、近年目立ち始めている。必ずしも「斜め」に含まれない国もあるが、構成国を囲めば、ドイツの頭上で斜めに線引きされるようなイメージになる。

 とりわけ2018年3月にはオランダを中心とした小国連合が「新ハンザ同盟」と名乗り、共同声明を発表、大国主導の意思決定を批判している。新ハンザ同盟を構成する8カ国の名目GDPを合計してもドイツの7割に満たないが、EU(27カ国ベース)の2割弱を占める。厳密には16.5%を占め、これはフランス(17.4%)と肉薄する(図表1)。結託すれば相応に無視できない勢力と言える。

図表1 新ハンザ同盟(※)とドイツ、フランス(EU27カ国全体に占めるシェア)
図表1 新ハンザ同盟(※)とドイツ、フランス(EU27カ国全体に占めるシェア)
(出所)『アフター・メルケル』35ページ

 新ハンザ同盟は、これまで経済政策に関してドイツと歩調をそろえてきたオランダやフィンランドといった優等生に類する加盟国を軸に構成されていることが興味深い。

 大国主導への不満は以前よりあったと思われるが、英国がEUを去るタイミングで新ハンザ同盟が声をあげたのは「英国なきEU」「メルケルなきEU」でドイツ・フランスの2大国に抗しきれるバランサーが必要との思惑があったのかもしれない。新ハンザ同盟は「政治分野を意識した広範囲の権限委譲には反対」との立場を示すが、それはかねて英国がEUの中で強調してきた論陣でもある。近年ではこの「斜め」の亀裂に属する国が中心となって、パンデミック下で緊急かつ必要に迫られた欧州復興基金の設立を阻害したことも記憶に新しい。

 新ハンザ同盟の国々は、経済規模に迫力はなくとも、政治的・経済的に歴とした先進国の一角であり、EUにとっても頼りにしたい国々である。その意味で、大小対立によってEUの「コアな部分」に亀裂が生じているとも言える。こうした亀裂を修復し、乗り越えるためのリーダーシップがとれるのは、やはりドイツだけなのだろう。メルケル首相ほどの政治資源を持たないアフター・メルケル時代の為政者は、まずはこれ以上の亀裂を増やさないことに注力することが求められるだろう。

女帝が遺(のこ)した「果実」と「負債」を
次の政権はどう受け継ぐのか?

 16年にわたり政治リーダーとして君臨したメルケル。この間にドイツ経済は輝きを取り戻したが、一方で、欧州難民問題に象徴されるEU内での孤立、米国(トランプ政権)との微妙な軋轢(あつれき)、中国との接近など、その将来を危ぶむ様々な芽も生み出してきた。
 欧州委員会経済金融総局にてEU経済見通しの作成などに携わった経験を持つ、日本を代表するマーケット・エコノミストが、メルケル引退をドイツという一国家のみならず、EU史における一つの節目と捉え、過去を総括し、現状を整理した上で、未来を展望する。

唐鎌大輔(著) 日本経済新聞出版 2640円(税込み)

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