アフター・メルケル時代の始まりを告げた「縦」の亀裂

 まず「縦」の亀裂とは、言い換えれば東西対立だ。2015年9月に勃発した欧州難民危機以降、難民受け入れを巡ってドイツと東欧諸国(ポーランド、ハンガリー、チェコなど)の間には深い溝ができた。また、難民問題を受けてEU不信を強めた東欧では、政府による司法や報道への露骨な介入が横行するなど、強権的な政権が誕生するに至っている。これが行政府たる欧州委員会の頭を悩ませる状況も生じている。

 後述するように、「縦」の亀裂はメルケル首相の政策運営に直接起因する部分が大きいことは否めず、メルケル政権の残した「負債」のひとつであるようにも思える。

 2015年9月、メルケル政権が突如、難民・移民の無制限受け入れ政策という決断を下し、EUは大きな混乱に陥った。とりわけ、ドイツが「受け入れる」と言ったことで、「通り道」として難民が大量流入することになったハンガリーを筆頭とする東欧諸国やドイツの隣国であるオーストリアは不快感を隠さなかった。多くの難民の希望する最終目的地がドイツだとしても、万単位の人間が移動する中でハンガリーやオーストリアに居座る者も現れる。当然予想された展開である。

大勢の人々を前に「ドイツ移民ハウス」を訪れたメルケル首相(当時)(2021年11月)(写真:Heide Pinkall/shutterstock.com)
大勢の人々を前に「ドイツ移民ハウス」を訪れたメルケル首相(当時)(2021年11月)(写真:Heide Pinkall/shutterstock.com)

 ハンガリーのオルバン首相は、こうしたドイツの挙動を「道徳的帝国主義だ」と糾弾し、このフレーズは大きく報じられた。強硬な言動が注目されやすいオルバン首相には「過激な右翼主義者」という印象が付いてまわるが、当時の主張は筋が通っていたようにみえた。普通に考えれば、治安や安全保障の観点から主権国家が身元照会も不十分なまま難民を無制限に受け入れるほうが異常である。

 ドイツの主要政党の支持率推移をみると、メルケル首相の所属するCDU/CSU(キリスト教民主・社会同盟)の支持率は2015年9月を境にはっきり低下傾向に転じている。その後、2017年9月の総選挙でCDU/CSUは惨敗を喫し、続く地方選でも連敗を重ねた結果、2018年10月にメルケル首相は政治家引退まで表明することになる。この事実を踏まえれば、「縦」の亀裂を決定的なものにした2015年9月の決断こそが、実質的な「アフター・メルケル時代の始まり」を告げる号砲だったように思える。

次ページ 「ドイツ一強」を確かにした「横」の亀裂