アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ。高層ビルが立ち並ぶ中心地から少し離れた地域にその現場はあった。
ユニホーム姿の数十人の宅配ドライバーが、ベンチに腰掛けて待機している。アナウンスと同時にモニターに番号が映し出されると、料理を受け取り急ぎ足で退出していく。圧巻なのは巨大な厨房だ。3本のベルトコンベヤーに沿ってキッチン台がずらりと並び、料理人たちが次々に料理を流していく。

2018年創業で、宅配専用の調理施設「クラウドキッチン」を運営するキトピ。ソフトバンク・ビジョン・ファンドが中東で初めて出資した企業だ。UAEのほかサウジアラビアやクウェート、カタール、バーレーンの5カ国で約100の拠点を持ち米パパ・ジョンズ・ピザや米シェイクシャックなど約300ブランドと提携する。
21年7月にビジョン・ファンドを中心とする投資団から4億1500万ドル(約470億円)の出資を受けたことで資金調達総額が10億ドルを超え、ユニコーンの仲間入りを果たした。ビジョン・ファンドのマネージング・パートナー、サレ・ロメイ氏は、「労働コストや不動産価格などからドバイはクラウドキッチンに適した場所であり、キトピはキッチンの効率化で突出している」と評する。
資金源から起業の地へ
ビジョン・ファンドはもともと、ソフトバンクグループとサウジアラビアの公共投資ファンド(PIF)などの出資により創設。1000億ドル(約10兆円)ものマネーが、世界中のテック企業に供給された。
一般的に投資のための資金源とみられ、起業は少なかった中東。しかし、人工知能(AI)による技術革新の波はこの地にも訪れ、野心的な若者たちが会社を興し始めた。

キトピのモハメド・バーラウト最高経営責任者(CEO)もその一人だ。「高効率のシステムを確立し、世界のクラウドキッチン運営企業の中でも最大級の注文数がある」と胸を張る。 ビジョン・ファンドが注目したのはその規模もさることながら、AIを使った技術だ。キトピでは200人のエンジニアが働き、うちポーランドのクラクフに100人がいる。22年には2倍に増やす予定だ。
飲食サービスは天候などに左右されるため需要予測が難しく、人材や原材料の過不足による機会損失や余りが出やすい。同社は宅配サービスの膨大なデータを集めて需要予測の精度を高めている。ドライバーの店舗での待ち時間は業界平均で6分ほどだが、同社は90秒未満という。宅配効率を高めると同時に、調理から配達までの時間を短くすることで料理の鮮度向上にもつながる。

中東は大人数で食事をすることが多く、宅配サービスの利用頻度が高いという。クラウドキッチンとして調理を一手に引き受けることで、キトピの売上高は急伸している。バーラウトCEOは「22年には中東と同程度の人件費でビジネスができる東南アジアにも進出する」と意気込む。
欧米進出に備え、デンマークのロボティクスの開発部隊が調理の自動化技術の開発を進めている。バーラウトCEOは「ロボットのみでの調理は大きなキッチンが必要となり効率を高められない。人間と共に働く協働ロボットを開発している」と明かす。このように地域や技術を拡大する際、ビジョン・ファンドのネットワークが生きるという。
優れた技術やビジネスモデルを持つ企業が自律的に成長し、ゆるやかにつながってシナジーを生む「群戦略」。キトピのバーラウトCEOが「ビジョン・ファンドは投資先企業を結びつけ、相乗効果を発揮できるようにしてくれる」と話すように、孫正義氏が唱える「同志的結合」の輪は世界に広がりつつある。
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