お釈迦様が作られた「伝え方のテンプレート」

大愚和尚:お釈迦様は、北インドの地方を治める釈迦族の王様の子どもとして、何不自由なく育った方です。すべてを捨てて出家なさったのは、29歳のとき。厳しい修行を続けられたのですが、あるとき、苦行によって苦しみがなくなるのではない、ということに気がつかれた。それからは菩提樹の木の下に座り、ご自身の心に向き合うということをなさった。どのようなプロセスで自分の心に苦しみが生じるのかを、徹底的に観察なさった結果、35歳で「悟り」という境地に達せられたんです。

 ただ、それを「人に伝えていくか」については、躊躇(ちゅうちょ)なさったそうなんです。言っても分からないだろうと。

藤吉:それでも、皆に伝えていくことを選ばれたわけですね。

大愚和尚:ええ。悟り、つまり「真理を伝える」と決められて、かつて共に修行した仲間の元へと歩み始めたのです。その道中、ウパリという1人の出家者に出会ったんですね。ウパリはかつての修行仲間とは別の通りすがりの出家者なのですが、お釈迦様の歩く姿を見て感ずるものがあり、「あなたは何か私の知らないことを知っておられる。どういう師匠について修行なさったのか、教えてほしい」と近づいてきたのです。そこでお釈迦様は、ウパリにお話をされた。ところがウパリは、それを聞いても何ら感ずることなく、立ち去ってしまったのです。

藤吉:お釈迦様の言葉が、伝わらなかったと。

大愚和尚:そうなんです。それでお釈迦様はこれを大いに反省なさった、という話があります。そのため、修行仲間たちにお話をする前に、「伝え方のテンプレート」、すなわち「四聖諦 (ししょうたい)*1」を作られました。「苦集滅道(くじゅうめつどう)*2」という4つの要素を、この順番で説かれたのです。これは「仏教とは何か」を語る原点ともいえます。

藤吉:「苦集滅道」……。確か、仏教の根本真理を表す言葉だとお聞きしたことがあります。

大愚和尚:私たちはいろいろな「苦」に見舞われるじゃないですか。フラれた、病気になった、本が売れないなどもそうですね。そんなすべての苦しみには原因がある。それを表すのが「集」という言葉です。そして、苦しみに向き合い観察をして、その原因を明らかにしたならば、苦しみを「滅」することができる。では、具体的にどうすればいいのか。滅するための具体的な方法、それが「道」です。そしてそれには8つの具体的な方法、「八正道(はっしょうどう)*3」がありますよといって、8つの道を説かれたんです。

藤吉:苦しみを提示して、原因を示し、「それをなくすことができる」と伝えてから、具体的な方法を示す。確かにこの伝え方の順番はセールスレターと同じですね。

100冊の話し方のベストセラー書籍を分析した藤吉豊氏
100冊の話し方のベストセラー書籍を分析した藤吉豊氏

大愚和尚:ここには共感がありますよね。この「高度に設計された話し方」というのは、ウパリの失敗があったからこそです。せっかく真理を伝えようとしたのに、これが伝わらなかった。その反省から、「苦集滅道」という話法が生み出されたのです。実際にこの方法によってお釈迦様の話がより伝わりやすくなり、かつての修行仲間たちはたちまち悟りを開いたといいます。そのため、お釈迦様は、弟子たちにも、できるだけ分かりやすい言葉を使い、言葉巧みに仏法を伝えることを奨励されたのです。

藤吉:僕は今回、『「話し方のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』を執筆するに当たり、100冊以上の「話し方の本」を分析しました。「話が上手になりたい」といった場合、話し方のノウハウやテクニックがクローズアップされることになる。それは当然だと思うんです。テクニックを身に付けていけば、表面的なコミュニケーションの部分は、実際どんどん上達していきます。

 ただ、「話は人なり」という言葉があるように、テクニックを身に付けたからといって、たちどころに話が流ちょうになるわけではない気がします。聞き手の心を動かすのは、テクニック以上に、話し手の人柄であったり、内面であったり、考え方なのかな、と。

 あることを表現するときに、結局、どんな言葉を使うかが問われてくる。というのは、その人自身の内面が、言葉を選ぶからです。遅れてきた新人に、「遅刻をするんじゃない。バカヤロウ!」と否定的に言うのか、「時間を守ると信用されるよ」とメリットを伝えるのか。「時間は守るべきである。遅刻をしない」ということを伝えるにしても、表現の仕方や言葉の選び方に、その人自身が出てくるものだと思います。

*1 四聖諦(四諦):人生における最も根本的な真理である苦諦、集諦、滅諦、道諦のこと。
*2 苦集滅道:仏教の根本教理。「苦」は苦しみ、「集」は苦の原因である迷う心の集積、「滅」は苦集を取り去った悟りの境地、「道」は悟りに達する修行のこと。
*3 八正道:仏教の基本的な八種の実践法。

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