性差研究を推進することで生まれるイノベーションには、どのようなものがあるのでしょうか?

 例えば、オステオカルシンという肥満抑制薬として注目を集めている物質は、国内の女性研究者が当初オスのマウスでのみ行っていた実験をメスのマウスでも実施したところ発見されました。メスの脂肪細胞は小さくなり、オスだと逆に太ってしまったのです。

 また、交通事故や転倒などで脳の組織が傷つくことによって起こる外傷性脳損傷なども同様です。男性の方が症状がひどかったため、性差を調べていくと、妊娠しているマウスの方が脳損傷が低かったのです。女性ホルモンの量によって脳が腫れにくくなると分かり、それが治療薬になりました。

 男女差があるときに、その差の原因を調べていけば、解決法が見つかり、それが治療薬になる可能性もある。男女差にこそ新たな発明のヒントがあるのではないでしょうか。

 まずは差を見つける必要がありますが、現状ではデータが乏しく性差が見つかっていないことが多過ぎます。また、その差が生物学的な性差なのか、社会的に作られた性差なのかも重要です。

 例えば、女性の方が鬱(うつ)が多いというデータが出た場合、それは生物学的な性によるものなのか、性的暴行や家庭内暴力を受ける可能性が高いことで生じる社会的なジェンダーによるものなのか。これらをどう統計処理し、解析していくかという方法論も研究が進んでいます。

男女かかわらず性差に関心を持つことが重要であると。

 最近では、「女性らしい」という表現は、そのような差別はダメだとたたかれてしまうことも多いですよね。ですが、ダメだといって話すこと自体を避けるのではなく、何か傾向がある場合は、本当に差があるのか、差がある場合はその傾向が生物学的なものから生まれているのか、社会学的なものなのかを学問として調べることで理解も進むのではないでしょうか。対話には、データを見せていくことが非常に大切です。

避けるのではなく、対話が必要であるということですね。

 性差理解がイノベーションにつながったり、研究が深まったりという話をすると割と皆さん耳を傾けてくれます。本来は、そのような話をせずともジェンダー平等は人権問題として考えていかなければならないことです。しかし、経済への女性参画のインパクトや、研究分野参画による特許価値向上などをデータとして出し合うことで、まずは関心を持ち議論に参加する人を増やすことも大切だと思っています。

対話のきっかけとして、フェムテックをどのように捉えていますか?

 ジェンダード・イノベーションズの一つであるフェムテックも性差を知る入り口になります。女性ですら気づかなかったり、我慢したりしてきたことがフェムテックという言葉で可視化され、考えるきっかけにもなります。

 研究開発でいえば、月経管理アプリ「ルナルナ」がユーザーデータを解析し、40代にかけて生理周期が短くなると発表しました。プロダクトを通じて研究や調査がしやすくなることもあります。

今後さらに研究や調査を進めていく上でジレンマはありますか?

 日本はジェンダーギャップ指数で120位です。北米や欧州は50~60年で平等に達すると推定されていますが、日本を含む東アジアは165年です。165年前というと江戸時代です。

 国内で変わってきている気がしていても、ジェンダー指数の伸び率は2006年から2021年で0.011です。一方、2006年時点で日本と同じ位置にいたフランスは0.13で12倍です。いずれ変わるだろうではなく、数字を見てもっと危機感を持つ必要があるんです。