「今のわたしの言葉は、きつかった?」

同じチームのメンバーに、「これは、急ぎでお願いね」と、ちょっとした仕事を頼みました。数分もあれば、済む仕事です。それなのに数時間たっても全然、音沙汰がありません。それで、しびれを切らして、「あれは、どうなったの?」と尋ねてみると、ずっと全然、違う仕事をしていたというのです。

 「この仕事が終わったらすぐ、頼まれた仕事に着手するつもりだった」ということでしたが、そちらは全然、急ぐ必要のない仕事です。さすがに少しムッとして、「いや、こういうときは、そっちは後回しにして、さっき頼んだ急ぎの仕事のほうを先にやろうよ」と、わたしは諭しました。

 これなどは、「叱る」というコミュニケーションにはならないとわたしは思うのですが、相手の様子を見ると、少し萎縮していたようにも感じます。だから、向こうからすると「叱られた」ことになっているのかなあ、などと思いまして……。

 そんなことを考えていくと、どこからが「叱る」ことになって、どこまでなら「叱ってない」ことになるだろうという疑問が湧いてきて、なんだかもやっとするわけです。これは、表面的な言葉遣いだけで判断できるものではなくて、そこに至る流れとかシチュエーションにもよるのだと思いますが……。

「叱った」ことになるかどうかは、相手がどう受け止めたかで決まります。だから、そのような場合は、相手に「今のわたしの言葉を、あなたはどう受け止めたか?」と、尋ねればいいのです。フィードバックをもらって、確かめることが大事です。

先ほどの会話の後に、「あ、ごめん。今のわたしの言葉、きつかった?」と尋ねる、といった感じでしょうか。理屈としてはわかるのですが、わたしとしては気を遣うことになり、率直にいって、かなりのストレスになります。それでも、相手の受け止め方を確認しながらコミュニケーションしていかないといけないのでしょうか。

 大事なのは、そこでどんな答えが返ってくるかは、相手によって、一人ひとり違うということです。叱られたと感じていたなら、次からはかける言葉を変えなくてはいけませんし、気にならないという人もいるでしょう。それぞれの感じ方に合わせて、言葉かけを変えていくというわけです。

ううん……。かなりきめ細かい対応が必要なのですね。いついかなるときもそのような姿勢で部下に接し続けることなど、このわたしにできるものか……。

 手間がかかります。しかし、手間をかけなければ、いいリーダーにはなれません。

では、尋ねた相手から「叱られたと感じた」といわれたときに、逆に、「いや、わたしには叱るつもりはなかったのだ」と、主張してもいいものでしょうか。

上司としては「叱ったつもりはなかった」としても、部下に問うてみれば「叱られたとしか思えない」ということはままある(イラスト:PIXTA)
上司としては「叱ったつもりはなかった」としても、部下に問うてみれば「叱られたとしか思えない」ということはままある(イラスト:PIXTA)

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