新しい問題には、メンバー間が対等でないと答えが出ない

篠田:面白いですねえ。プロダクトを見る目が今までとは違ってきそうです。『LISTEN』の中で繰り返し触れられていることに、「自分とは違う価値観を持った相手に対して、興味を持って理解しようとすること」があります。

 田川さんをはじめTakramのみなさんはそれぞれが複数領域にまたがるスキルを持ち、専門性を発揮していらっしゃいます。それこそ社内にいくつもの異なる価値観が交差している、それがほかのデザインファームとの大きな違いだと思うのですが。

田川:はい、もうみんな笑っちゃうくらい違うベクトルで考えていますよ。Takramの組織を説明する言葉として「拡張する輪郭」というものがあります。あなたの持つ輪郭と私の持つ輪郭が異なるから、かけ合わさったときにより大きな輪郭を共有することができるよね、ということです。みんなが違う目線から見ているので、一つの物事を決めるのには時間がかかりますが、解決を急がずに話をしていると、それぞれの目線から見てこれならOKだよねという一点にたどり着ける。

篠田:みなさん、聞く力があるのかしら、と勝手に思っているのですが。

田川:わけの分からない現象や物事への好奇心は、みんなすごく強いかな。そういういろいろな人たちが入ったチームが何かイノベーションを起こそうという場合、バケツリレーをやっちゃいけないんです。車座になって同じプロセスを踏む中ですりあわせをしながらやっていく。バケツリレーだと自分がOKと言ってバケツを渡しても、次の人はちょっとズレているなと思って自分がOKと思えるようにずらしちゃう。それを数珠でつないでいくと、確実に間違ったものが生み出されます。全員が正しく振る舞うことで結果が必ず間違ったものになる。これって、組織の中では日常的に起こっていることですよね。

篠田:すごく興味深いです。まったく考えが違う人との議論に慣れていないと、聞くということへの関心や、聞くことを続けるとちゃんとしかるべきところへ着地するのだという信念が弱くなります。そうすると、会議で一通りみんなが意見を言ったら「みんな貴重な意見をありがとう」と言って、権限のある人がバンとジャッジしちゃう。これがそこそこ歴史のある規模が大きい組織の振る舞いだと思うんです。経験的に正解が分かっているような問題であればそれでいいのでしょうが、正解がまだ分からないタイプの課題にチームで立ち向かうときには、それでは太刀打ちできませんよね。バケツリレーではなく、車座ですりあわせをしながらやっていくことが必要になる。

田川:メンバー間で聞き合うことのできる組織って、弾力性も強くなるしリスク回避能力が高くなると思います。「聞く」ことで社員の満足度を上げるとか、社員の気持ちを安らかにするとか、そういう面はもちろんあるけれど、そこだけにフォーカスするとやっているほうがしんどくなります。ちゃんと「聞くこと」をやっているほうがアイデアが出るし組織もいろんな意味で楽しい。まだまだ、僕らも理想型にはほど遠いですが、聞くことに一生懸命取り組んでいるところなんです。

篠田:なるほど、結局きちんと聞くことが、仕事が一番スムーズにいくんですね。

(写真:metamorworks/shutterstock.com)
(写真:metamorworks/shutterstock.com)

(構成:平林理恵)

幅広い知識が持て、一生の友人をつくる、ただひとつの方法

 「自分の話をしっかり聞いてもらえた」体験を思い出してみてください。
 それはいつでしたか? 聞いてくれた人は誰だったでしょうか? 意外に少ないのではないかと思います。
 他人の話は、「面倒で退屈なもの」です。どうでもいい話をする人や、たくさんしゃべる人など、考えただけでも対応が面倒です。その点、スマホで見られるSNSや記事は、どれだけ時間をかけるか自分で決められるし、面白くないものや嫌なものは、無視や削除ができます。しかし、無視や削除がどれほど大事でしょうか。
 話を聞くということは、自分では考えつかない新しい知識を連れてきます。また、他人の考え方や見方を、丸ごと定着させもします。話をじっくり聞ける人間はもちろん信頼され、友情や愛情など、特別な関係を育みます。一方、「自分の話をしっかり聞いてもらった」ら、自分の中でも思いもよらなかった考えが出てくるかもしれません。どんな会話も、我慢という技術は必要です。しかし、それを知っておくだけで、人生は驚くほど実り豊かになります。

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