プロダクトデザインからブランディング、企業のビジネスデザインまで、多種多様なものづくりに取り組むデザイン・イノベーション・ファームTakram Japan(東京・渋谷)。その代表取締役でありデザインエンジニアの田川欣哉さんにとって、「聞くこと」は、今最もホットなテーマであり課題であるともいう。「聞く力」は新しいビジネスに何をもたらすのか。『LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる』(日経BP)を監訳した篠田真貴子さんとともに語り合った。対談後編。
上司が部下の話を聞くことはとりわけ難しい
篠田真貴子(以下、篠田):ユーザーインタビューとは、広がった幾千のアイデアから最終的にはこれが正解である、ここがスイートスポットであるとジャッジできる基準を身につけるということだと、前編で田川さんからお伺いしました。一方で、雑談でも意味のない会話でも、一見バカっぽいアイデアでも何でもいいからどんどん広げていこうね、周りはそれを聞きますよ、ということも大切だとおっしゃいましたね。この2つって、真逆の話ですよね、でも、ともに大切であると。
田川欣哉氏(以下、田川):そうですね。聞くことには、判断を挟まずにインプットの幅を広げていく方向と、そのカオス的な広がりの中から共通価値とか共通パターンを発見していく方向と2つありますね。
篠田:この2つの方向は、1on1ミーティングの中にもあります。エールのクライアントさんに、例えば「上司は部下の話をじっくり聞きましょう。しょうもない話であっても、そこからいろいろなことが生まれます」と言うと、「言っていることは分かるんだけど、上司の仕事はそもそもジャッジすること。忙しい中でしょうもない話を聞くことにはどうにも立ち向かえませんよ」と言われてしまいます。
これって、まあ要は「篠田さん、あなたの言っていることはキレイゴトですよ」ということだと思うんです。田川さんは、このあたりのすみ分けはどうされているのですか。何か意識されていることはありますか?
田川:いやー、1on1は難しいですよ。Takramでは2年前からコーチングを専門とする会社にサポートしていただいて、全社的に取り組みはじめています。僕も教えてもらいながらやっているところですが、「聞くことに重きを置いてください」と繰り返し言われています。

Takram Japan代表取締役/デザインエンジニア
プロダクトサービスからブランドまで、テクノロジーとデザインの幅広い分野に精通するデザインエンジニア。これまで手がけた主なプロジェクトに、日本政府の地域経済分析システム「V-RESAS」のディレクション、メルカリのCXO補佐などがある。経済産業省・特許庁の「デザイン経営」宣言の作成にコアメンバーとして関わった。グッドデザイン金賞、 iF Design Award、ニューヨーク近代美術館パーマネントコレクション、未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエータ認定など受賞多数。東京大学工学部卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修士課程修了。2015年から2018年まで英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授を務め、2018年に同校から名誉フェローを授与された。経済産業省産業構造審議会 知的財産分科会委員、日本デザイン振興会理事、東京大学総長室アドバイザーを務める。
篠田:Takramのみなさんは、ユーザーインタビューを繰り返してきて、高度なインタビュー技術をお持ちだから、それを1on1でも使えそうに思うけれども、そうじゃないんですね。
田川:ユーザーインタビューでは、インタビュアーは自分のコメントを1ミリも挟まないので、「ここをもう少し教えてください」「違うシチュエーションだったらどうですか」と、どんどん聞いていけばいいんですけど、1on1でいい聞き手になることは、数倍難しいですよ。でも、どうしてかな。社内の上司と部下という近い関係だからかもしれないですね。関係ない人とのほうがうまくやれる気もします。
エールさんは、そこに着眼して、「社外人材による1on1」をなさっていますよね。僕自身の1on1は社外の人にお願いしているんですが、めっちゃ気楽です。話しているうちに自分の中で勝手に自己解決することもある。
篠田:1on1は、聞いてもらうことで自分の思考が整理されるし、じっくり話を聞いてもらえた満足感を残すこともできますよね。一方で、「1on1を導入したけれどなかなかうまくいかない」という相談をよく受けるのですが、そういう相談を掘り下げてみると、上司の側に「ちゃんと聞いてもらった」経験がないケースが多いです。
田川:上司の側には、「時間を取っているからには、貢献しなくてはならない」という思いがありますよね。だからよかれと思ってついアドバイスをしちゃったり、ジャッジしてしまったり。
篠田:まさに「アドバイスをしようと思って聞くと失敗する」という章が『LISTEN』にはあって、その中に「聞くこと」を使って問題解決するものすごく印象的エピソードが記されています。
田川:対話でどちらかが裁判官みたいな態度を取ると、ジャッジされた側は、自分の感覚とのズレを感じます。そうなってしまうと「どこがズレているのか」という差分の話になりがちで、「ちょっと違う」「そうじゃない」をやっている限り全然奥に入っていけなくなります。
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