篠田:決まった時間にミルクを飲むわけでもないし、会社に遅刻しそうだから急いで保育園に送ろうと思ったら家を出る直前で吐くなんてことも、日常茶飯事です。そうなったらもう、受け止めるしかないんです。

 でも子育ての経験は、自分の幅を大きく広げました。それまでは、職場の気難しいおじさまを苦手だと思っていましたが、赤ちゃんを相手にしてからは楽勝ですよ。だって予見可能ですから。不規則発言をされても、「日本語を話してくれている」と思えました。

荒木:赤ちゃんは日本語も通じませんからね。

篠田:まさに。だから先ほどの話に戻ると、コントロールを手放したとしても、やるべきことをやる必要はある。赤ちゃんはコントロールできませんが、それでも健康と安全を守らなければいけませんよね。

 仕事でもそうです。不規則発言をする方の立場になってみると、「何か助言をすべきだ」などと良かれと思っておっしゃっていると想像できます。それを排除せずに、コントロールを手放して一旦全部受け取る。そしてやるべきことをやり、力に変えられれば、より建設的に仕事を進めていくことができるはずです。

「聞く=従う」ではない

荒木:ブライアン・イーノというイングランドのミュージシャンは、「身を委ねるというのは負けを意味するものではない」と言っています。「身を委ねることは能動的な選択で、違う形で世界とつながるための選択だ」という表現をしているんです。これは『LISTEN』にも通ずる考え方ではないでしょうか。

篠田:おっしゃる通りです。私たちは「聞く=従う」という思い込みをしています。私も経験があるのですが、自分が上司の立場だったときに、「部下の話をきちんと聞こう」と考えますよね。そして部下が様々な要望や願いを話してくれると、「上司として何とか叶(かな)えてあげなければ」と頑張ったり、「叶えられないと上司失格なのではないか」という恐怖が生まれたりします。すると、「うっかり話を聞くと大変だ」と思うようになってしまって、話を聞けなくなってくるんです。

荒木:「聞く=従う」という思い込みがあるからですか。

篠田:はい、「聞く」というのは関係構築において従属的だという思い込みがあるんです。そうなると、いい上司になれるように努力する態度や向上心が、本当の「聞く」ことから我々を遠ざけてしまいます。思い込みによって起こるこの構造を知っておかないと、本当の聞くスキルは身につかないんですよね。

荒木:その思い込みは、先ほどのブライアン・イーノが言っていることとは逆ですね。

篠田:そうです。さらに、「会議で発言しないといる意味がない」と言われることもよくあります。ということは「聞く=発言しないのだから知的怠慢である」、という思い込みも生まれます。これらの思い込みがあることを自覚してから、「聞く」ことに取り組まないと、うまくいかなくなってしまいます。

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