私たちが「失敗」を恐れるのは、それが大きな混乱をもたらすからだ。しかし、『世界「失敗」製品図鑑』の著者である荒木博行氏は「危機に直面したときこそ、冷静に時間軸を引き直す『おっさん目線』が有効だ」と話す。『理不尽な進化 増補新版──遺伝子と運のあいだ』の著者で文筆家の吉川浩満氏と、危機的状況に陥ったときの心構えについて語ってもらった。
成功や失敗は、人間の都合
(編集部)大きな話になりますが、新型コロナウイルス禍という世界的な疫禍(えきか)により、私たちは厳しい状況に立たされています。危機的状況の渦中にいるとき、冷静な判断やものごとを俯瞰(ふかん)して考えることはなかなか難しくなることを、身をもって感じました。過去の事業の失敗や生物の絶滅について考えてきたお二人に、危機に直面したときに持つべき心構えを伺いたいです。
荒木博行(以下、荒木):僕は、失敗と成功といった事柄は時間軸によって変わると思っています。短期的に切り取ったら失敗に見える行為でも、長期の時間軸に置いたらそれは成功の入り口だったと捉えられることがあるんです。
『世界「失敗」製品図鑑』では、有名企業が注力したにもかかわらず思うような成果を得られず消えてしまった事業を取り上げていますが、その中で紹介したアップルの携帯用情報端末(PDA)「ニュートン」も、ロングスパンで見れば「失敗」とは言い切れません。
ニュートンは、最大の支持者だった最高経営責任者(CEO)のジョン・スカリーが退任したこともあり、軌道に乗る前に開発打ち切りの憂き目に遭ってしまいますが、ニュートンに関わった技術者たちはiPodやiPad開発のキーマンとなっていると言われています。その意味では、長期で見ればニュートンが残したものは決して小さくない。

つまり、単にランダムな事実があるだけなのに、私たち人間がそれを解釈する。解釈そのものは絶対的なものではなく、捉え方によってそれは変わり得る。コロナもそうです。人知を超えたところで色々なことが起きて、我々は頑張って色々やっているわけじゃないですか。もしかしたら人はそのときのことを失敗と呼んで悲観するかもしれませんが、最終的にそれが自分の時間軸の中でどういうふうに総括するか次第です。だから「失敗」という言葉だけに一人歩きしてほしくないなっていう感覚があるんですよね。
吉川浩満氏(以下、吉川):時間軸というのは本当に大事なポイントだなと思います。そもそも成功・失敗っていうもの自体が我々の考えることで、自然はあんまりそれを気にしていないというか。

文筆家、編集者(晶文社)
1972年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒業。国書刊行会、ヤフーなどを経て、現職。主な著書に『理不尽な進化 増補新版』(ちくま文庫)、『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』(河出書房新社)、『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。──古代ローマの大賢人の教え』(山本貴光氏との共著、筑摩書房)など。
荒木:コロナと同列に語ることはできませんが、大きな失敗や挫折、危機に接したときの心構えとしては、こんなふうにも言えると思います。
例えば甲子園の優勝候補チームがまさかの初戦負けをして、泣きながら砂を持ち帰っているとします。ここ1年くらいのスパンで考えれば悲劇です。でも、いくらか年長である我々は高校球児の気持ちは分かりつつ、時間軸を長めに引き直して「人生は長いよ」「いや、それすらいい経験になるんだ」と声をかけたくなる。
当の球児からすれば、こうした言葉は大人が言いがちな無責任な言葉に響くと思います。ただ、目の前の厳しい状況に対して、時間軸を自分の中で柔軟に引き直せるようにしておくことは重要だと思うんです。
吉川:自分の中にそういう「おっさん目線」(年長者目線)を入れないと、逆にこれから大変になってくるかもしれませんね。10年20年たっても甲子園初戦敗退の呪いが解けないとなると、しんどい人生になりかねない。
荒木:そうなんです。とくにビジネスだと、事業でちゃんと利益を上げ、かつ継続し、世の中にもそれなりのインパクトを与えることに眼目した場合、失敗を引きずってしまうのは明らかな阻害要因になると思います。簡単ではないですが、「あのときの敗北が自分の再出発点だった」のような、少し良いシナリオを取り入れていくような切り替えができるといいですね。
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