能力と運の間
吉川:生存バイアスと関連することだと思うんですけど、我々は「強い自己」や「強い組織」というものを志向しがちです。「強さ」の物語というのはそれだけで魅力的だし、自分の気持ちをエンカレッジしてくれるところがあります。
いま朝日カルチャーセンター新宿教室で酒井泰斗氏と開講している「非哲学者による非哲学者のための(非)哲学の講義」では、自己啓発書の古典を読むという演習を行っています。そこで実感したのですが、自己啓発の本場である米国のセールスパーソンやネットワークビジネスの世界って、煙たがられたり罵倒されたりの連続でしょうから、強い自己というものを担保しないとやってられないのかもしれません。
でも、その「強さ」の物語、つまり能力が大事だという物語に対して、「そうじゃないよ。運や偶然も大きいよ」と指摘されたり、自分で気づいたりすると、今度は逆方向にバーンと振り切ってしまう人もすごく多いんです。所詮(しょせん)すべては運次第なんだって。
つまり、「運」というのも一つの強い物語で、人をすごく気楽にさせてくれる。能力と運の間について考えるのは、分野を問わず、かなり大変なことだなと感じます。だからこそ、荒木さんの「世界『失敗』製品図鑑」を最初に拝読したときには「こういう見方をしてくれる人がビジネスの分野にもいらっしゃったのか」と驚きました。
荒木:中庸(ちゅうよう)を保つということの難しさですね。極端な答えってすっきりしますし、それはそれで一面の真理もありますから。「ネガティブ・ケイパビリティ」という、問いを中ぶらりんにしておくことの貴重さを表す言葉がありますが、本質は中間にこそあるという視点はすごく大事だと思います。「どちらの側面もあるよね」みたいな回答は端から見ると歯切れが悪いですが……。
吉川:あと、どちらの陣営からも悪く言われる覚悟も必要です(笑)。
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