前回の記事はこちら

 前回触れたインドネシアやマレーシアのパーム油のケースは、ある目的で生産される過程の副産物、つまり「バイプロダクト(by-product)」と呼ばれるキーワードに沿った事例だ。ディープテックを実現する上で、バイプロダクトは極めて重要な要素となる。

 もうひとつ、ディープテックの文脈で重要なキーワードが「decentralized(ディセントラライズド)」だ。非中央集権型、分権的、分散的という意味で、中央集権的という意味を持つ「centralized(セントラライズド)」の反対語となる。

 ディープテックにおけるディセントラライズドの具体例として、水道や電気、交通手段といったインフラ領域が挙げられる。インフラは本来、中央集権的なものであり、一般的には国が陣頭指揮を執って整備が進められる。

 ただ、ここである疑念が浮上する。果たしてインフラの維持コストを考えた際、今でも最も適した形態かどうかという点だ。例えば、現在のガス管は定期的に掘り起こされ、点検や補修が必要になる。

 一方、地域によってはプロパンガスに切り替えたほうがコストは下がるし、スマートメーターでチェックをしていれば、運搬も効率的になる。セントラライズされたインフラより、ディセントラライズされたインフラのほうがサステナブルなのではないかという視点が出てくる。

 こうした非中央集権的な動きを加速させる技術も生まれ始めている。プロパンガスは従来、高圧に耐える必要があるため鋼材製の容器に入れられてきた。そのため、大型のボンベだと60キロほどの重さになり、運搬には相応の手間とコストがかかってきた。

 だが、京都大学発のAtomis(アトミス、京都市)というディープテックベンチャーが重さを従来の5分の1程度に抑えた次世代高圧ガスボンベを開発したことで注目を集めている。

アトミスが開発した次世代高圧ガスボンベの技術
アトミスが開発した次世代高圧ガスボンベの技術
[画像のクリックで拡大表示]

 炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の中に入れた「多孔性金属錯体」という物質にガスを入れるという技術だ。厚い金属に気体を圧縮していた従来のプロパンガスボンベと異なり、金属の中に気体を吸着させることで、小さくて軽い状態でガスを運搬できるようになる。

 こうした技術が普及すれば、インフラ維持のコストが合わない地域からディセントラライズドが進んでいくことになる。

 こうしたテクノロジーは日本だけに閉じたものではない。例えば、約1万4000の島で形成されているインドネシアなど、孤島がたくさんある東南アジアでも求められる技術といえる。

 ディープテックによってディセントラライズドが進めば、現在のような人口の一極集中から分散化が進み始めることにもつながるだろう。地方でも孤島でも、人々が一定水準以上の暮らしを送れる社会が到来することになる。

再注目を浴びる「PSSD」

 日本には100年以上続いている老舗企業が3万3000社以上存在している。創業200年を超えている企業は世界で約5500社存在しており、そのうちの56%が日本にある。長寿企業が突出して多い理由は様々だろう。だが、持続可能な仕組みが何かしら存在していたと考えるのが自然だ。

 生物の世界には「相利共生(そうりきょうせい)」という言葉がある。異なる生物種が同じ場所で生活をすることで、互いに利益を得られる共生関係のことを指す。

 例えば、ライドシェアサービスの「Uber(ウーバー)」や「Grab(グラブ)」などのシェアリングエコノミーの世界は、相利共生の世界を形成している。こうしたサービス提供事業者にとって、持続する上で不可欠な存在はトヨタ自動車やホンダといった自動車メーカーだ。

 こうした相利共生型のエコシステムを形成することを得意としてきたのが日本だ。それが故に、企業間で共生関係が生まれ、長く続く企業が多くなったとも考えられる。だが、今の日本は西洋的なゼロサムゲームが横行し、こうした本来持ち得ていた利点をどこか見失っている。

 10年ほど前から存在している理論に「PSSD」という考え方がある。Product(製品)、Service(サービス)、System(システム)、Design(デザイン)の略称だ。2000年代に入り、消費の世界では「モノ」から「コト」へと盛んに叫ばれるようになった。それに加えて、現在のシェアリングエコノミーの隆盛を見ると、「保有」の時代は終わり、「利用」の時代に移りつつある。

 こうした時代に改めてPSSDという考え方が再注目されているのは、モノとコトを両立させるデザインが改めて求められるフェーズに入ってきたからだ。

 Uberにしても、民泊仲介サービスの「Airbnb(エアビーアンドビー)」にしても、月額制のファッションレンタルサービス「airCloset(エアークローゼット)」にしても、モノがサービス化していくトレンドのさなかにある。

 加えて、米電気自動車(EV)メーカーのTesla(テスラ)の自動車のように、製品がソフトウエアのアップデートによって、全く次元の異なる性能を持つようになるケースも出始めている。従来のソフトウエアがAI(人工知能)化していくことで、モノそのものが加速度的に賢くなり、全く次元の異なる性能を備えることも可能になっている。

 モノの魅力をSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)として届けていく潮流が生まれたことで、プロダクトとサービスをシステムとしてデザインし、つなげていく必要性が増したといえる。

 モノに対し、購入した消費者は「自分のものだ」というオーナーシップの感覚を持つ。一方、サービスは様々なものをつなげることを可能にする。プロダクトから生み出されるオーナーシップの感覚と、サービスとして様々なものにつながっていく感覚、この両方の感覚を満たすUX(ユーザー体験)をどう作り出していくかを考える時代に突入している。

 さらには、SDGs(持続可能な開発目標)を実現しようとする風潮が高まるにつれ、社会全体をどう巻き込んでいくかという概念がますます重要になる。サステナビリティーの概念からいえば、最も大きなシステムともいえる地球や生態系を考慮することがより重要視され、新たな循環サイクルを作り出していくことが求められている。

 サステナブルPSSDの視点を各自が持つことで、より効果的なディープイシュー、すなわち根深い課題解決の施策が今後見いだされていくだろう。

(この記事は、書籍『ディープテック 世界の未来を切り拓く「眠れる技術」』の一部を再構成したものです)

この記事はシリーズ「眠れる技術「ディープテック」を解き放て」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。