日本企業は「眠れる技術」の価値に気づけるか
このようにディープテックがいま、注目を集めている理由をひも解くと、「Social Validity(ソーシャルバリディティ)」という視点に行き着く。
日本の過去を振り返れば、経済成長とともにひずみが生まれ、一気に社会問題化した時期がある。公害問題はその典型と言えるだろう。
古くは足尾銅山鉱毒事件まで遡り、1960年代には水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそくといった公害を起こした企業に対して相次ぎ提訴がなされ、企業の社会的責任が問われることとなった。
ある当事者の意思決定が他の経済主体の意思決定にも影響を及ぼすことを経済学では「外部不経済」と呼ぶが、公害はまさにこの典型例と言える。ソーシャルバリディティは、あらゆるステークホルダー(利害関係者)を取り込み、最初からこうした外部不経済を起こさないような経済圏をつくり出していこうとする考え方を指している。
ASEAN(東南アジア諸国連合)の域内総人口は2000年時点では約5億2000万人だったが、15年には6億3000万人に増加。今後、25年までにフィリピンとインドネシアだけで5000万人増えるという予測もある。
こうした人口爆発国を抱える東南アジアは、今後、外部不経済を確実に起こしうる。逆に言えば、こうした国では日本のあらゆる技術を応用することによって、ソーシャルバリディティの考え方に根ざした企業活動を展開できる余地が残されているということでもある。
日本には多くの「眠れる技術」がある。だが、多くの日本人は、こうした技術が世界各国が抱えている社会課題を解決するために役立つことに気づいていない。
英国では、リバーシンプルという企業が提供する、車両の利用だけでなく、ガソリン代、メンテナンス代、メンテナンス中の代車代も含まれている月額制のサブスクリプション型カーレンタルサービスがある。
サブスクリプション型のサービスは自動車領域だけでなく、様々な領域で広がっているため、特に珍しいことではない。だが、外部不経済の観点で言えば、大きな転換期を迎えることになる。
自動車も例にもれず、機械は定期的にメンテナンスをすることで長く利用できる。
だが、従来の販売手法では「メンテナンスに出すのが面倒くさい」、「メンテナンスに出している間に代車がない」といった理由で、ユーザー側がメンテナンスに出すのを怠っていた。結果、自動車は長持ちせず、買い替えのサイクルが早くなり、無駄な廃棄物を生み出すという悪循環に陥ることになる。ユーザー自身が外部不経済を生み出していたわけだ。
英国のサブスクリプション型サービスの利用者には、メンテナンスに対する不便な感情が生まれない。そのため、適切なタイミングでメンテナンスが行われるようになり、より自動車は長持ちし、環境にも良いサイクルが生まれるようになる。
日本企業はもともと製造業においてその力量を発揮してきた。多くの日本製品は海外から「長持ちする」と評価を受け、「メード・イン・ジャパン」のブランド力は持っている。
だが、こうした“ものづくり力”が、持続的な成長(サステナブルグロース)に生かされると気づいている日本企業は少ない。世界中の多くの産業がサブスクリプション型サービスに移行していく中で、日本企業は自身の持つ「眠れる技術」の本来の価値に気づくべきだと言えるだろう。
そして、より重要なのは既に成熟した国においては、こうした技術を生かす場が限られているということだ。破れない素材のストッキングを出せば買い替え需要が無くなり、ビジネス的にもうからなくなるのと同様、利便性を高めることと、ビジネス的に成り立たせることは往々にして相反してしまい、イノベーションを阻害する要因となってしまう。
こうした意味では、東南アジアのようなエマージングマーケットを対象に、ゼロからビジネスが成立する形で事業を進めていくことのほうが可能性を秘めていると言える。
(この記事は、書籍『ディープテック 世界の未来を切り拓く「眠れる技術」』の一部を再構成したものです)
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