Hello Tomorrowは、ディープテックのことを「斬新かつ既存技術よりも大幅に進歩したもの」であり、「下支えする知財は複製が困難もしくは入念に保護され、参入障壁が高いもの」であり、さらには「既存の産業を破壊し新たな市場をつくりうるもの」だと捉えている。

 しかし、「ディープテックによってディープイシューを解決する意義やアイデアや事例」を紹介していく本連載では、この3点はディープテックの定義に入らない。

 既存技術、つまりは古ぼけていたり眠っていたりする技術でも大いに役立つケースがたくさんある。知財のみならず、情熱やストーリー性や知識の組み合わせといった観点からも参入障壁が高く、既存の産業を破壊せず、むしろ活気づけるものだと考えているからだ。

 米ボストン・コンサルティング・グループとHello Tomorrowが調査した7つのディープテクノロジーカテゴリーへのグローバルな民間投資総額を見ると、2015~2018年の4年間で、180億ドル(約2兆円)に達している。

 では、早速分かりやすい例を見てみよう。

 世界で最も生産されている植物油にパーム油がある。パーム油はアブラヤシの果肉から取り出す植物油で、食用のほか、マーガリン、石鹸(せっけん)の原料として利用されている。最近では、バイオ燃料としても利用が広がるなど、極めて用途の広い植物油となっている。

 このパーム油の85%を生産しているのがインドネシアとマレーシアだ。この2カ国では非常に大きな産業を形成するに至っている。過去には急速な開発とそれに伴う劣悪な労働環境が問題として取り上げられることもあったが、現在の問題はそれとは違う。プランテーション(単一作物を大量に栽培する大規模農園)での生産をこのまま続けると、環境汚染が広がる恐れが指摘されている。

 というのも、インドネシアとマレーシアではパーム油を搾汁した後の搾りカス(パーム核粕)が年間で540万トンほど排出されており、多くの場合はこれらの搾りカスが放置され、メタンガスを発生させてしまっているためだ。

 パーム油の原料となるアブラヤシの殻は堅くて重い。そのため搾汁はとてつもない重労働となっているが、ここで日本が培ってきた技術が生かされ始めている。

 搾りカスを微細な繊維にし、そこにインドネシアのディープテックベンチャーが開発した素材を加えることで、搾りカスから鶏の餌に必要な成長促進剤の代わりになる「マンナン」が抽出可能になった。これまで処分に困っていた搾りカスが、新たな商品へと生まれ変わったことになる。

 ディープテックは特許でがちがちに守られた先端技術を使って課題を解決するものではない。喫緊の社会課題をテクノロジーで解決することが目的であり、最新の技術が使われることもあれば、“枯れた”技術が使われることもある。

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