ある日本の製鉄会社の事例を紹介しよう。この会社は、製鉄する際に発生する排熱を利用したビジネスを展開している。数千度の熱はエネルギーとしても再利用できるため、効率のいいリサイクル資源となっている一方で、50~200度あたりは使いづらく、これまでは捨てていたという。
しかし、実は農業において一番欲しいのはそのゾーンの熱なのである。「好熱菌」という菌を培養するには80度程度の熱が必要となるため、通常は莫大な電気代がかかる。そこにバイプロダクトである排熱を利用できれば、一石二鳥というわけだ。
さらに、「熱帯地域」を再現するには、50度の熱が必要となる。従来はボイラーをたいてその環境を作り出しているが、こちらも排熱を利用すれば、ローコストでカカオやチョコレートなどの熱帯の植物を日本で作れるようになる。
しかも、好熱菌は光合成をするので、菌がCO2を吸うことになる。さらに、好熱菌を使って重金属を吸着させる研究に取り組んでいるベンチャーと製鉄会社が組むことで、製鉄会社は、鉄を生み出すだけではなく、バイプロダクトである熱源を使ってビジネスを創出でき、サーキュラーエコノミーを作り出すことができる。
ちなみにスマートフォンを解体して溶かすとき、一定量のレアメタルは水に解けて失われてしまうが、溶かした熱で藻類を培養し、その藻類を使ってレアメタルを吸着させて回収するというビジネスを、ガルデリアという企業が展開している。
ポンプ会社にせよ製鉄会社にせよ、大企業が営んでいる通常のビジネスのなかには、実はサーキュラーエコノミーであったり、バイプロダクト的なビジネスモデルを構築できる機会が潜んでいるのである。こうしたポテンシャルも、「眠れる技術」と捉えていいかもしれない。
そういった発想をするうえで重要なのは、漠然とした「環境問題」ではなく、まずは疑問を見つけ、そのクエスチョンを進化させていくことが大切であり、そのステップを踏まない限り、ディープイシューまではたどり着けない。
例えば、インドネシアの道は、ちょっとした雨でも川のような洪水になってしまう。それはなぜなのか? 「雨量が多いんだろうな」では、ただのクエスチョンにとどまってしまう。
少し考え、この場合は「下水道がないからだ」という課題に気づけるかどうかが鍵になる。土には水が染み込むが、アスファルトは吸水しない。それが洪水を引き起こしている原因である。クエスチョンを掘り下げることでディープイシューにたどり着き、その解決を試みるべく石炭の燃えカスとポリマーを配合する技術で製作したブロックを作ったスタートアップ、Tech Prom Labのことは以前、この連載でも触れた。
日本人であれば、「そんなバイプロダクトのブロックで道を作って強度は大丈夫なのか?」という疑問を抱くかもしれない。しかし、課題は強度ではない。それよりも洪水を起こさない吸水性の高いブロックの敷設が急務であり、破損したら取り替えればいいだけなのだ。
そしてこの話には続きがある。このバイプロダクトのブロックを見て、「うちが持っているある薬品を入れることで、強度が上がる」ということに気づいた日本企業があったのだ。日本企業にとって、それは古ぼけた技術かもしれないが、東南アジアまで赴き、ローカルのディープイシューをその目で見たからこそ、ローカルサステナビリティの一翼を担う企業として、新たな価値を得ることになったのだ。
テックインストールプロジェクトを進めよう
ディープイシューを見ると、自分たちが保有する技術が意外と貢献できることに気がつく。そうした自分たちが持っているディープテックを、ディープイシューにインストールすることを「テックインストールプロジェクト」と名付けたい。
日本の大企業は、自分たちのディープテックを信じて、いまこそ世界に打って出てほしい。すでに存在するテクノロジーで十分解決できるイシューが、世界には数多くあるからだ。
インドネシアやマレーシアには、ジャムウという薬草の文化がある。顔を見るだけで、「これとこれを、これくらい混ぜて飲むといいよ」と言ってくるわけだが、その文化圏に属さない人間にはまったく分からない英知と言えるだろう。そこにサイエンスのメスを加えていけば、もしかすると、世界で初めて薬草の混ざりあいに関する技術が規定できるかもしれない。
あるいは、フィリピンには何百ものローカル言語がある。それぞれに文化があり、そこでしか分からないニュアンスの、サイエンスやテクノロジーやイシューがある。
こうしたローカルの知見とテクノロジーの組み合わせが、エキサイティングな発明や発見につながる可能性が大いにある。
(この記事は、書籍『ディープテック 世界の未来を切り拓く「眠れる技術」』の一部を再構成したものです)
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