これまで、社会課題とは非常に時間をかけ、お金をかけずに解決すべきものとされてきた。そのため、社会慈善活動家や、ボランティアなどの有志がその役目を担ってきた。これらがテクノロジーの力によって持続的なビジネスになったことで、有効な投資先として見込まれるようになった。ただし、ディープテックは事前の基礎研究や実験などに時間も資金も要するため、持続的なビジネスに成長するのには10年かかるといわれている。
中長期的な投資を要するディープテックだが、ここでも投資の追い風が吹いている。1990年代から2000年代にかけて巨額の富を得たインターネット企業やソフトウエア企業の創始者らが、次世代への社会貢献として投資側に回っているためだ。
ビル・ゲイツ氏らによる「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」は2000年に創始された。また2018年、マーク・ザッカーバーグ氏と妻のプリシラ・チャン氏は「チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブ(Chan Zuckerberg Initiative)」を立ち上げている。こういった動きが、今世界中で盛んに起きているのだ。
さらには、前回触れた通り、Yコンビネーターやセコイア・キャピタルなどの既存アクセラレーターも、従来のインターネット領域で投資先が減っていることを受け、ディープテックへの長期投資を始めている。ディープテックが最後のイノベーション領域たる現在の流れを、ここでは押さえておきたい。
では、資金を集めるディープテックプロジェクトとは、具体的にどういうものか。たとえば地球上の二酸化炭素を減らすための試みとして、マメ科の根粒植物を活用した「オーダシャスプロジェクト」(The Audacious Project)がある。これはある64歳の研究者、Joanne Chory氏によって、世界的なカンファレンスである「TED」で発表されたプロジェクトだ。
植物と光合成微生物は、炭素を根の中で二酸化炭素を糖にして蓄えることができる。それらの糖をスベリンに変化させることで、より多くの二酸化炭素を蓄えることが可能だと考えられる。彼女は、炭素をより多く蓄えられるマメ科の植物が荒野でも育つよう、さらに研究を進めると表明した。
オーダシャスプロジェクトは様々なものがあり、これらのプロジェクトには多額の費用がかかる。そこで発表後に寄付を募ると、なんとたった1日で250億円もの寄付金が集まった。寄付したのは先述したビル・ゲイツ氏やマーク・ザッカーバーグ氏、セルゲイ・ブリン氏らを筆頭に、産業資本主義社会をけん引してきた、そうそうたるメンバーだ。
ではなぜ彼らは持続的なプロジェクトへの寄付や投資を惜しまないのだろうか。
単純に言えば、もはやあらゆる技術や知識が進化しようと、地球環境にとって持続的でない物事に対し、彼らはむなしさを感じているのかもしれない。同時に、彼らの根底にある生粋のスタートアップ気質、つまり社会課題を解決したい思いが、こういった持続的なプロジェクトと結びつくのではないだろうか。
海洋保全プロジェクトそのものが、投資商品になった例も紹介しよう。
これまで多くの海岸では経済的利益を追求するため、海洋多様性が失われてでもリゾート開発を優先させてきた。しかし、実際は海が汚れると観光客が減り、さらに漁師が職を失う。もともと存在していたエコシステムが壊されることによって、結果的に住民や国が負債を背負うのだ。この連載の第1回でも触れた通り、こういった経済成長によるひずみは外部不経済と呼ばれ、いかにこれらを起こさず、持続的な経済循環を生み出すかが重要視されている。
しかし近年、人工知能(AI)やビッグデータなどのテクノロジーによって、外部不経済によってどれほどの損失があるのか、逆に環境保全によってどれだけの経済利益があるのかを算出できるようになった。つまり、AI技術によって、外部不経済を起こさないことが経済的にも潤い、かつ投資価値があることが証明されたのだ。
こうした流れを受け、海洋保全と漁業経済開発の両立を目指し、セーシェルによって海洋保全のための「ブルーボンド国債」17億円が世界で初めて発行された。
また、フィリピンのボラカイ島は半年にわたって島を閉鎖し、環境対策を行っている。
近年、この島は急激に観光客が増え、年間の観光収入が約1120億円にまで膨らんだ。一方、ホテルや飲食店が急増したことで海や砂浜は汚染され、観光資源自体の魅力が低減する事態に陥った。これに対してフィリピンのドゥテルテ大統領は、半年にわたって観光客の立ち入りを禁止し、環境対策を施すことを決定。具体的には、排水処理施設の整備、違法建築の取り壊し、再開後の観光客数制限(1日最大6400人)などである。
観光収入を奪われる関係者や島民は、当然、島の閉鎖に反対の声を上げたが、島の閉鎖によって失業や収入が減った約1万7000人に対し、政府は約580億円の予算を投入し、さらには約5000人分の職も用意した。その結果、ボラカイ島の自然は元の姿を取り戻すことになった。
このボラカイ島のケースは、環境こそが資源であり、環境を守ることこそが持続的なビジネスにつながるということを、地元住民のみならず世界に向けてアピールした好例ではないだろうか。さらに付け加えるなら、「島」という存在自体が様々な実験場になりうることを示した事例といえる。
テクノロジーイノベーションの歴史を押さえておくことで、ディープテックは、これまで誕生した多くのイノベーションと、その根元にある「社会課題の解決」に対するアントレプレナーの精神を引き継ぐものであることがお分かりいただけただろうか。
次回からは具体的なディープテックのケーススタディーを見ていこう。
(この記事は、書籍『ディープテック 世界の未来を切り拓く「眠れる技術」』の一部を再構成したものです)
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