経営学などの「教科書」を活用する企業はなぜ強いのか。このテーマに焦点を当てた本連載の第1回「星野リゾート代表『100%教科書通り』の経営が会社を強くする」では、星野リゾートの星野佳路代表に教科書を使うメリットと活用法を詳しく聞いた。

 それでは研究の最前線に立つ経営学者は「教科書」と実際の経営との関係をどう考えているだろうか。今回は戦略論、組織論の第一人者である一橋大学の沼上幹教授に話を聞いた。「経営者は最新の経営学の動向にも気を配るべきだ」と沼上教授は説く。

<span class="fontBold">沼上 幹(ぬまがみ・つよし)氏</span><br />1960年生まれ。一橋大学社会学部卒、同大学院商学研究科修士課程修了。2000年4月から一橋大学商学部教授。著書の『液晶ディスプレイの技術革新史』は日経経済図書文化賞を受賞
沼上 幹(ぬまがみ・つよし)氏
1960年生まれ。一橋大学社会学部卒、同大学院商学研究科修士課程修了。2000年4月から一橋大学商学部教授。著書の『液晶ディスプレイの技術革新史』は日経経済図書文化賞を受賞

 経営学は経営にまつわる概念を企業や業界の枠を超えた「言葉」にした上で、言葉と言葉の関係について論理的にフレームワークを作り、何が効果的かを実証的に測定します。企業経営に直結したことを研究しており、現象と概念の往復が比較的容易ですから、経営学と実際の経営との間に距離やギャップを感じることはまったくありません。

破壊的イノベーションが変えたもの

 経営学者の役割の1つは言葉を提供していくことです。例えばクレイトン・クリステンセン氏の「破壊的イノベーション」という言葉が出てくるまで、イノベーションは「経営資源に技術的な蓄積があるかどうか」や「ラジカルな技術革新かどうか」がポイントだと考えられてきました。しかし、破壊的イノベーションという言葉によって、一見すると既存の技術の評価基準では劣っているようなものが出てきたときにこそ破壊的な影響を及ぼす確率が高いことが示されました。新たに言葉がつくられたことによって、経営者が意識すべきポイントが変わりました。

<span class="fontBold">『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』</span><br /> クレイトン・クリステンセン著 翔泳社<br />破壊的イノベーションのメカニズムを提示 
『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』
クレイトン・クリステンセン著 翔泳社
破壊的イノベーションのメカニズムを提示 

 言葉はそれだけ重要であり、経営学を使いこなすためには、言葉を理解しなければ前に進むことができません。例えば差別化という言葉を知らなければ、競争戦略を考えることはできないでしょう。ただし、言葉を覚えたからといってすぐに経営学を使いこなせるわけではありません。これは英語の単語を覚えたからといって、すぐに話せるわけではないのと同じことです。英語を話すには単語と文法、発言したいと思っている内容と結び付けながら、表現を考え続けなければなりません。経営の行為も同じことです。

 経営学の場合も、その言葉で目の前の現象の分析をとにかく繰り返すうちに、どんな手を打てばいいかを理解していきます。実際に戦略を遂行するには、目の前の現実の本質を把握して、自分自身でセオリーをつくる力が不可欠です。そのセオリービルディングのスキルは経営学だけでなく、それ以外の社会科学のトレーニングでも身に付けることができます。私は現場でその都度、独自の戦略・独自の仮説を構築できる人物を「オン・ザ・スポット・ストラテジスト」呼んでいます。

 

 オン・ザ・スポット・ストラテジストは「マン・オン・ザ・スポット」(そのときその場にいる人)というフリードリヒ・ハイエクの言葉をもじったものです。ハイエクはマン・オン・ザ・スポットという言葉を使いながらマーケットが機能する理由を「現場にいる人が目の前の情報を最大限に利用する仕組みだから」と説明しました。私も、そのときその場にいる人がそれぞれ独自の仮説=戦略を創造するから、企業活動が成功し、資本主義市場経済がうまく機能する、という意味でオン・ザ・スポット・ストラテジストという言葉を使っています。

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