創業300年超の中川政七商店の13代目、中川政七会長。周囲に頼れない状況の中、経営書を生かしながら組織やブランドのあり方を見つめ、成長に導いてきた。「理論体系がしっかりした本」が支えになった。

中川政七商店の13代目、中川政七会長(写真=宮田昌彦)
中川政七商店の13代目、中川政七会長(写真=宮田昌彦)

 中川政七商店の歴史は1716年に奈良晒(さらし)の商いを始めたことにさかのぼる。創業以来一貫して、奈良市に本社を置き、工芸の世界でビジネスを展開してきた。それでも時代が移り変わるなか、歴代の当主たちは、それぞれの状況に合わせてさまざまな改革を行いながら事業を引き継いできた。

 「古臭い」「小規模」と思われていた工芸の世界において、それまでなかったSPA(製造小売り)を立ち上げ、店舗を全国に広げてきたのが、13代目の中川政七氏だ。

 中川氏は大学卒業後、富士通での2年ほどの勤務を経て、父が社長を務める中川政七商店に入った。社内には茶道具を扱う第一事業部と和雑貨の第二事業部があり、それぞれを父と母が担当していた。当時は茶道具の第一事業部が売り上げの多くを占め、収益力もあった。第一事業部に配属となった中川氏は大企業から移ったこともあり「小さな組織でバリバリ活躍する」と張り切った。しかし、仕事は父の指示により、来る日も来る日も倉庫での配送用の荷造りばかりだった。先輩社員の厳しい指導を受けながら、単調な作業に日々汗を流し続けた。

 転機は休日出勤をしたときに訪れた。第二事業部の社員との会話で中川氏は偶然、商品をどれだけ生産をしているのかについて、「社内の誰も把握していない」ことに気づいた。生産管理という考えがそれだけ薄く、危機感を持った中川氏は父に直訴。規模が小さくしかも赤字だった第二事業部にあえて異動した。「先頭に立って部署の改革を進めよう。そのほうが会社に貢献できる」と考えた。

課題が見つかるたび書店に足を運ぶ

 当時の中川氏はサラリーマン生活を2年ほど経験しただけだった。このため、経営の知識が絶対的に不足していた。そこで父に助言を求めようとしたが、明確な答えは返ってこなかった。周囲に相談できる先輩経営者もいなかった。そこで経営セミナーに参加したものの、参加できる日時が限定されるうえに手応えのないことが多かった。
 最も頼りになったのが経営書だった。「何とかしなければと考えて本を読むようになった。読んで気づいたのは時間当たりの効率は本のほうがセミナーよりもいいこと。しかも本ならば値段がずっと安いし、読むタイミングも自由に選ぶことができる」と中川氏はそのメリットを強調する。

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