
はじめに、DX(デジタルトランスフォーメーション)に頓挫してしまった某企業の例をお話しします。
X社は、既存のコア事業の日本市場が飽和し、生き残りをかけて海外展開と新規事業に挑んでいました。社長は、コア事業の戦略部門のエース(Aさん)を執行役員に抜てきし、新規事業の担当役員として任命しました。Aさんは、デジタルを活用した革新的なビジネスモデルを立ち上げ、数年以内に次なる収益の柱をつくることを期待されました。
Aさんは、X社の強みは顧客基盤とサプライチェーンだと考え、それらを生かしたデジタルソリューション事業をアジャイルで立ち上げる計画を練りました。ただし、社内には実務をマネジメントできるメンバーがいません。よって、Aさんは、他社で類似事業を立ち上げた経験を持つBさん(部長クラス)を外部から招へいしました。
デジタルソリューション事業には期待が大きかったため、社長の号令の下、既存のコア事業からBさんの部門に20人が異動してきました。Bさんは彼らを割り振り、開発部隊、デジタルマーケティング部隊、導入部隊を編成しました。
Bさんは、半年間でMVP(Minimum Viable Product:顧客に最低限の価値を提供するシンプルな機能)をつくり、PoC(Proof of Concept:顧客価値の概念を実証するためのトライアル)を開始しました。顧客からの評判は上々でした。Bさんは、PoCの成功を受け、製品版の開発を急ぎました。Aさんは、ここが勝負どころだと考え、開発部隊の増強と、データ管理基盤のシステム投資を経営会議に諮ることにしました。
ところが、その経営会議でAさんの議案は却下されました。他の役員が口々に異を唱えたのです。
「顧客にとって本当に価値になるのか分からない」「マネタイズ(収益化)できなかったらどうするんだ」「セキュリティーは大丈夫なのか」「来期の利益予想が厳しいので人員増も投資も見送るべきだ」
思えば、X社は古い企業。社内の非効率なオンプレミス(自社運用)のツギハギの業務システムに慣れてきた役員陣。彼らにとってのデジタルとは、面倒だけど我慢して使うものであり、かつ、できるだけお金をかけたくないもの。その感覚をもとにすると、顧客がこのソリューションを十分な価格で買ってくれるように思えない。だったら、まず黒字化してからでないと人員増も投資も意思決定はできない。20人も優秀な人材を与えたじゃないか。
経営会議で敗退したAさんは、Bさんに謝りました。申し訳ないが、経営会議で勝ち取れなかったので、今のリソースの範囲内でなんとかしてほしい。
Bさんは、開発人員の増強ができなくなり、困り果てました。既に役員間で合意している事業計画があり、人員が増やせないからといって、開発スケジュールを遅らせるわけにはいきません。そこで、仕方なく、予算の範囲内で委託できる外部の開発ベンダーに頼むことにしました。
Bさんは、外部の開発ベンダーのマネジメントに苦心しました。社内の開発部隊とのコラボレーションがうまくいかない。PoCで得た顧客からの機能追加のリクエストがなかなか反映されない。開発を急いでほしいと頼むと、予算増を要求してくる。BさんはAさんにこの惨状を伝えました。Aさんは、やむなく、開発スケジュールを遅らせ、事業計画を下方修正する意思決定をしました。
その後、事業計画の下方修正を経営会議で報告したAさんは、役員陣から辛辣な評価を受けました。社長からは、「A君、これまでよく頑張ってくれた。少し荷が重かったかな。次の人事で、デジタルソリューション事業は、C常務に引き継いでもらおうと考えている」と言われました。
その後に起こったこと。
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