人口政策の「タブー」から脱却したドイツ

 もっと激しい国論分裂の中で、政策の大転換を行っているのがドイツである。ドイツには、ナチス政権下での国家主義的・人種差別的な人口政策という、大きな「負の遺産」がある。これに対する深い嫌悪と反省から、出生率や出産奨励策をめぐる議論は旧西ドイツでは長らくタブーとされてきた。国家は個人的領域に介入すべきではないとするのが、多くの政治・行政関係者や有識者、一般国民に浸透した考え方だった。

 さらに、旧西ドイツは、男性は働き、女性は家で育児をする「伝統的家族モデル」を政策の基本に据えてきたため、保育サービスは非常に低い水準にとどまっていた。このため、出生率は低迷を続けたが、それでも出産奨励策を支持する者は多くなかった。日本とよく似た社会情勢だったのである。

 このような状況において2000年代に連邦政府の家族政策担当大臣を務めた2人の女性が、「政策の大転換」を図った。その1人が2002年に担当大臣になったレナーテ・シュミットで、彼女は「家族により多くの子どもを、社会により多くの家族をもたらす」という目標を掲げ、仕事と育児の両立支援へと、政策転換を図った。

 それを引き継ぎ、発展させたのが、2005年に担当大臣となったウルズラ・フォン・デア・ライエン(現・欧州委員長)である。彼女は、仕事と育児の両立を目指して、育児休業制度の抜本改革(両親手当の導入)や保育サービス整備に取り組んだ。彼女は、両親手当は「我々の社会が、子どもを持つかどうかの各人の選択に無関心でない、という強いメッセージを示す制度である」と述べている。こうした取り組みは、国をあげての大論争を巻き起こしたが、ライエンはひるまず制度改革を推進していった。

 ドイツの出生率は、2011年には1.36と、日本やイタリアと同じような低い水準にあったが、2016年には1.60に急回復し、2019年も1.54を維持している。上昇の要因の1つとして、近年のシリア難民の増加があげられているのは確かだが、一方で、ドイツ市民権を持つ母親の出生率も1.43(2019年)にまで向上しており、政策転換の成果が表れているとの指摘もある。

 政策転換が今後、どのような影響をもたらすかは、まだはっきりしていないが、いずれにせよ、厳しい意見対立を乗り越えながら、ドイツは少子化の「負け組」から脱しようと努力している。

 それに対して、いまだに「負け組」の状況を脱するビジョンと効果的な方策を打ち出せないでいる日本は、一体、どうするのか。その基本姿勢が問われている。

ここ2、3年に手を打たなければ
日本人1億人維持は難しくなる

 コロナ禍で出生数の急減が進む。日本は手をこまねき「小国」となってしまうのか。内閣府の百瀬統括官や野口参事官らは、新政権と人口政策に取り組む。そこで突き付けられたのは、あまりに厳しい現実だった。そして抜本的な改革案にたどり着くが……。
 介護保険の立案から施行まで関わった著者が、小説形式で、人口問題の現状と解決策を探る、あまりにリアルな衝撃作。

山崎史郎(著)、日本経済新聞出版、2640円(税込み)

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