3年で11兆円の投資 強さの秘密は?

 TSMCはなぜこれほど強くなったのか。そもそもファウンドリーとは、TSMC創業者のモリス・チャン(張忠謀)が発展させたビジネスモデルだ。製造と開発・設計を分離することで、1社が背負う投資リスクを減らすというアイデアである。

 チャンは台湾当局と一体となり、1987年に製造に特化したTSMCを設立。欧州のフィリップスを皮切りに米国の主な半導体メーカーから次々と受注を獲得していった。

 稼いでは投資し、投資しては稼ぐ。時には借りて投資する。そして、もっと稼いでもっと投資する――。2020年の売上高は5兆円を超えるが、2021年の設備投資額も3兆円の規模を想定し、同年から3年間に予定する投資額は合計11兆円に上る。巨大な投資リスクを背負いながら貪欲(どんよく)に高速回転を続ける姿は、まさに「化け物」だ。

 「TSMCには台湾のベスト&ブライテストの才能が集まり、突出したエンジニア集団を形成しています」

 台湾・中国の産業に詳しいアジア経済研究所の川上桃子は、競争力の源泉の一つが技術人材の厚みだとみる。たしかにいくら資金があっても、技術がなければ成長はできない。TSMCは技術者を大切にする会社で、エンジニアが得る報酬は、日本企業の3倍とも4倍とも言われる。

 さらに、徹底した情報管理で顧客企業から信用を得ている点も見逃せない。川上の見立てはこうだ――。「堅牢な情報管理システムを社内で築いていて、ライバル同士である顧客企業の情報がTSMCの内部で交わることがありません。現場の従業員から経営上層部に至るまでアクセスできる情報が決められ、厳格にログが取られています」

 顧客である半導体メーカーの信用を失えば、チャンが築いたビジネスモデルは一瞬にして破綻する。細心の注意を払って社内に築かれた堅牢な情報のファイアウオールが、信用を担保していると言えそうだ。

地政学を意識して米中両国とバランスを取る

 トランプ政権がファーウェイへの輸出にストップをかけるまでは、TSMCの売り上げの約半分は米国向け、約2割が中国企業向けだった。中国向けの多くはファーウェイの子会社、ハイシリコンからの受注である。TSMCにとっては、米企業だけでなく中国企業も大事なお客さんだ。

 米政府の立場からすれば、米企業の技術情報がTSMCを通して中国に流失するのではないかと心配するのは当然だろう。米商務省と国防総省は2018年から2020年にかけて何度も担当者を台湾に派遣し、TSMCからのヒアリングを実施したという。米国の信頼は、TSMCにとり絶対に守らなければならない防衛線だった。

 ただし、完全に米国の軍門に下るわけではない。米政府の要請でアリゾナに建設する新工場には、5ナノの技術を移転するが、台湾では既にその先の3ナノを量産し、さらに2ナノの製造ラインの建設にも入っている。

 アリゾナ工場が完成するのは2024年だから、その時点で5ナノはもはや最先端ではない。たとえ相手が米国であっても、虎の子の技術は手渡さないのだ。当然ながら貪欲な米政府は、3ナノ以下の技術移転を要求しているが……。

 TSMCは米国と敵対する中国にも生産拠点を置き、2018年末に稼働した南京工場は1世代前の16~12ナノで生産している。技術レベルでいえば中程度の工場ではあるが、2021年4月にはさらに28億ドルを投じて南京工場を拡張することを決めた。こちらは28ナノが中心で、いわゆる「枯れた技術」を使い、半導体不足が深刻な自動車向けに生産するという。

 中国への投資を取締役会で決定したのは、アリゾナ進出を巡る米政府との交渉がまさに大詰めを迎えていた時期と重なる。そのような緊張した状況の中で、あえて中国に近づくような行動をとるのは、バランスを取って米中両国と適度な距離を保つためだ。

 移転するのが中程度の技術であれば、米国も目くじらを立てないと読んだのだろう。地政学に敏感なTSMCのリスクヘッジ策である。

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