なぜそこまで力を持つようになったのか。強さの秘訣は何なのか。世界政治を左右する戦略物資となった半導体を巡って各国が激しく争う最前線を、30年以上にわたって国際報道に携わってきた太田泰彦氏(日本経済新聞編集委員)の著書、『2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋、再編集して解説する(敬称略。肩書は執筆当時のもの)。
時価総額はトヨタの2倍 「化け物のような会社」
台湾の台湾積体電路製造(TSMC)は、今、最も地政学的に重要な企業である。これまで世間には同社の名前はあまり知られていなかったが、米中の対立が深刻化するにつれて存在感が高まり、国際政治のカギを握るプレーヤーとして表舞台に躍り出た。
2021年8月にTSMCが製品値上げに踏み切ると、世界が震撼(しんかん)した。高度なチップの製造技術と供給力を独占する同社には半導体チップの価格決定力があるからだ。2021年6月時点で時価総額は約15兆6,000億台湾ドル(約63兆5,000億円)。世界で10番目に価値のある企業として市場に評価されている。
日本で圧倒的な首位であるトヨタ自動車のほぼ2倍だ。他社から受託して半導体を生産するファウンドリーの市場で60%のシェアを占め、2位のサムスン電子(13%)を大きく引き離している。
台湾には、この他にも聯華電子(UMC)、力晶科技(パワーチップ)、世界先進積体電路(バンガード・インターナショナル・セミコンダクター)など有力なファウンドリーがあるが、TSMCの規模が突出して大きい。日本の半導体製造装置メーカーの元経営者は「巨人というよりは化け物のような会社だ」と評する。
世界のライバルはTSMCの技術力に太刀打ちできない。ファウンドリーというと、大手メーカーの序列の下位にあると思う向きがあるかもしれないが、その認識は誤りだ。難度が高いチップになると、メーカーはTSMCに頼まないと作ることができない。TSMCの顧客は自社の工場を持たない世界のファブレス企業だが、顧客であるファブレス企業よりTSMCの立場の方が強いかもしれない。
その強みの一つは、世界の半導体企業とつながるネットワークにある。TSMCに生産を委ねる企業は世界に約500社あり、TSMCはこれらの企業との取引を通して、世界の需要を把握できるからだ。市場から遠い工場でありながら、実際には市場の近くで流れをながめられる立ち位置にいる。
世界のファウンドリーの微細化の技術力を比べてみよう。7ナノで生産できるのは、2021年夏の時点で、台湾のTSMC、韓国のサムスン電子、米国のグローバルファウンドリーズ、中国の中芯国際集成電路製造(SMIC)、そして韓国のSKハイニックスの5社。
さらに細かい5ナノになると、グローバルファウンドリーズ、SMIC、SKが脱落し、TSMCとサムスンの2社が残る。その先の3ナノで量産段階に入っているのはTSMCだけだ。さらに2021年には2ナノの新工場の建設を始める。
1ナノメートルとは1メートルの10億分の1で、原子を10個並べたほどの長さだという。病原体のウイルスよりさらに小さい極小の世界で、TSMCは王者の座を守り続けている。

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