世界最強のファウンドリー、TSMC進出の裏事情

 2020年5月15日――。半導体を受託生産するファウンドリーの世界最大手、台湾の台湾積体電路製造(TSMC)が、アリゾナに工場を建設する計画を発表した。

 同社の声明文をよく読んでみよう。「このプロジェクトは、活力と競争力に満ちた米国の半導体エコシステムにとって、決定的、かつ戦略的に重要な意味がある」「米国の企業が最先端の半導体製品を、米国の国内で製造することを可能にし、世界一流のファウンドリーとエコシステムの近くにいる恩恵を得られる」

 回りくどい表現に違和感を持つのではないだろうか。工場進出に「重要な意味がある」のはTSMC自身にとってではなく、米国の半導体エコシステムにとって「重要な意味がある」と記している。TSMCは必ずしも自ら望んでアリゾナに行くわけではない。米政府の強力な働きかけで進出を決めたという裏事情が、声明の文面に透けて見える。

 声明文は冒頭で、この計画が「米連邦政府とアリゾナ州が支援するという理解と約束」に基づく決定であるとも明記している。工場進出はするけれど、十分な補助金を出すことを忘れてくれるなよ、と念を押しているわけだ。

 TSMCは技術力でも規模でも、世界のどのファウンドリーが逆立ちしてもかなわない怪物のような巨大企業だ。エヌビディア、クアルコムなどの米国の大手をはじめ、世界のほとんどの半導体メーカーが製造を委託し、TSMCの生産力なくしては製品を市場に送り出せない。

 特に微細加工の技術は同社の独壇場と言っても過言ではない。工場は極秘の技術とノウハウの結晶であり、例えば独自に開発したシリコンウエハーを運ぶ「箱」は、一つで数千万円の価値があるとされる。下請け企業として、メーカーから製造を請け負うのではない。むしろ世界の半導体メーカーの方がTSMCに依存しているのだ。

 日本のエンジニアがこんな表現をしていた。「誰もが量産はとても無理だと思う設計でも、TSMCは、よし、なんとかしましょうと製造を引き受けてくれる。実際にどうやって作るのか分からないが、とにかく本当にモノができてくる。とびきり優秀な人材と莫大なカネが、この会社に集まっている」

 自民党前幹事長の甘利明は、図面からモノを作り上げる同社の技術力を、1964年の東京オリンピックで建造された国立代々木競技場にたとえる。「建築家の丹下健三は、ワイヤーで屋根をつり下げるアイデアで世界をアッと言わせた。奇抜すぎて建造は不可能と見られたが、清水建設と大林組が実際に建ててしまった」

 当時の日本のゼネコンが気概を見せたような火事場の馬鹿力を、TSMCは常に維持しているという見立てだ。

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