なぜそこまでしてTSMCを誘致したのか。世界政治を左右する戦略物資となった半導体を巡って各国が激しく争う最前線を、30年以上にわたって国際報道に携わってきた太田泰彦氏(日本経済新聞編集委員)の著書、『2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋、再編集して解説する(敬称略、肩書は執筆当時のもの)。
砂漠の磁力――アリゾナに集結せよ
米国アリゾナ州の州都フェニックスは、砂漠の中にある。夏には日中の最高気温は時にセ氏50度に達し、降雨量は極端に少ない。サボテンに囲まれた荒涼たる風景を想像する人が多いだろう。
だが、実際のフェニックスは米国で常に「住みたい町」の上位にランクされ、フロリダ州のマイアミなどと並んで引退後の生活の場として人気が高い都市だ。グランドキャニオンが近いこともあり、多くの観光客も引き寄せる。
フェニックスにはもう一つの顔がある。IT産業の集積地としての側面だ。当初はカリフォルニア州のロサンゼルスやシリコンバレーに後れを取っていたが、土地の広さや安い労働力に引かれて、1990年代からフェニックスに多くの企業が流れ込んだ。乾燥した空気が精密機械に向いていたという説もある。山に囲まれたシリコンバレーと対比して、「シリコンデザート(砂漠)」と呼ばれることもある(図表1)。
そのフェニックスが今、文字通り、熱い。米政府が世界から半導体メーカーをこの町に呼び込んでいるからだ。世界のサプライチェーンを改造するバイデンの半導体戦略の中心に、灼熱のアリゾナがある。
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