なぜ期待リターンが少ないほうを選ぶのか?

 そうなってしまったのには、2つの背景事情があったと考えています。

 1つ目は意思決定の判断基準に関することです。意思決定の判断において、人間には本能的にリスクアバース(リスク回避)の傾向があります。そして日本人は、特にその傾向が強いといわれています。

 例えば、次の2つの選択肢があったとき、皆さんは、どちらを選ぶでしょうか。

(1)100%の確率で10万円獲得できる。
(2)85%の確率で13万円獲得できる。

 (1)を選ぶ人が多いのではないでしょうか。(2)を選んだときに、15%の確率で何も獲得できなくなるリスクを嫌い、確実に10万円を獲得できる選択肢を選ぶ人が多いというのが、リスクアバースです。

 しかし、2つの選択肢の期待リターンを比べてみれば「(1)の期待値<(2)の期待値」です。(※1)

 それでも(1)を選ぶ人にとっては「確実に手に入る10万円」が、不確かなリスクがなくて心地よいのです。

※1.(1)の期待値:10万円、(2)の期待値:13万円×85%=11万円500円

「会社の規模に応じて、失敗の規模も大きくなるべき」

 私が本連載などで紹介してきたアマゾンのメカニズムには、リスクアバースの本能に反する仕組みやプラクティスが、数多く埋め込まれています。その詳細は拙著に譲るとして、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスは、次のようなメッセージを株主に送っています。

 「会社の規模に応じて、失敗の規模も大きくなるべきだ(Failure needs to scale too)」(※2)

 これも、リスクアバースの本能に反します。ベゾスのこのメッセージには重要な前提があり、それは「多くの新規事業は失敗しても、1つの大成功で多くの失敗の損失を取り戻してあまりある利益が出る」というものです。しかし、リスクアバースの本能は「1つの大成功」が起きるかどうかは「確実」ではなく、リスクがあると認識します。ベゾスの主張を頭で理解できたとしても、実践できる組織や個人が限られるとすれば、リスクアバースが影響しています。

※2.ベゾスが毎年、株主に向けて書いている手紙(いわゆる「ベゾス・レター」)の2018年版には、「Failure needs to scale too」という見出しの下に、次のような記述がある。「As a company grows, everything needs to scale, including the size of your failed experiments」。
人間には、たとえ期待できるリターンが減っても、リスクがより低い選択肢を好む「リスクアバース」の傾向がある(写真:PIXTA)
人間には、たとえ期待できるリターンが減っても、リスクがより低い選択肢を好む「リスクアバース」の傾向がある(写真:PIXTA)

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