「既存事業の聖域化」が、稼ぎの芽を潰す
入山:新規事業には、大きく分けて次の2つの方向性がありますよね。
1) 既存のスキルやリソースを使って、新しい顧客を開拓する。
2) 既存の顧客に向けて、新しい価値を提供する。
両者のうち、どちらかというと前者のほうが大変で、それは何といっても、新規顧客を開拓しなければならないからです。それに比べると、既存顧客に新しい商品やサービスを提供するほうがやりやすいはずなのですが、社内カニバリゼーションが問題視されて頓挫しやすい。
谷:カニバリを許さないというのは、良くも悪くも日本の体質的なところと関係している気がします。年長者を重んじ、既存のものを重んじる。
入山:ええ、谷さんが本に書かれていた通り、昔の基幹事業が聖域化して、権力を持ってしまうのですよね。売り上げの一番、大きいところが、態度も大きく権威があり、発言権があるという。
優秀な人材を、どこに配置すべきか?
谷:例えば、食品メーカーに力のある役員さんがいて、ずっとリアルの小売店に稼がせていただいていたとします。すると、若手から「これからはECです。ECサイトにアプローチしましょう」と声が上がっても、役員さんが小売店に気兼ねしているうち、対応が遅れる。そうこうするうち新興ブランドが出てきて成長し、瞬く間に水をあけられてしまう。
そういうことは実際によく起きていますよね。その意味では、日本の自動車業界における、EV(電気自動車)化がこれからどう進むのかは、少し気になります。
入山:自動車業界の場合はディーラー、販売店の存在がカギになりそうですね。
谷:日本企業にかぎらず、担当する事業の「規模」で、役員が評価されてしまうというのはよくあることです。しかし、アマゾンは事業の「規模」よりも「成長率」を重視して、担当者を評価します。売上高10億円の事業を20億円にしたら、売上高1000億円の事業の責任者に抜てきして、もっと成長させてくださいね、となります。
私自身、痛感しました、私は2013年、エンターテイメント事業本部長として、アマゾンに入社しました。リアルなCDやDVD、ソフトウウエアやビデオゲームなどを販売する事業です。当時は高収益で会社のコアビジネスでしたが、中長期的には市場が成熟に向かうことが見えている商品群でした。そのような事業分野に優秀なメンバーがいると、どんどん新しい成長領域に異動させていくのがアマゾンという会社です。
マネージャーとして、多くの優秀なメンバーが異動するのを見送りました。そのような人事異動が繰り返された結果、どうしてもメンバーが不足してしまったときには、外部から採用して育て、立派に育てばまた異動、となります。
エース級の人材を既存事業にとどめておいては、破壊的イノベーションはもちろん、新規事業の成功は難しい、と。
入山:人事の仕組みや考え方は、企業を変革するうえで大きなカギです。アマゾンが、新規事業の失敗を担当者の「失点」にしないために何をしているのか、というのも、その意味で興味深く読みました(概要はこちらの記事に)。
僕は最近、イノベーションについてお話しするときは「両利きの経営」に加えて、「センスメイキング理論」の話をするようにしています。その意味でも、アマゾンは興味深い。
「センスメイキング理論」とは、どのような理論でしょうか?
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