「GAFA4社で日本企業と最も相性のいい仕組みを持つのがアマゾン(米アマゾン・ドット・コム)。日本企業が学ぶ価値は高い」と指摘する、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏。

 アマゾンが組織的に連続してイノベーションを起こす仕組みを体系化した書籍『Amazon Mechanism(アマゾン・メカニズム)』に推薦の辞を寄せた入山氏と著者の谷氏の対談の後編(前編はこちら)。

 聖域化した既存事業の権威が、新規事業の芽を潰す。多くの企業で見られる問題に、アマゾンは回避策を用意しているという。ソニー(現ソニーグループ)の技術者出身で、アマゾンジャパンや米シスコシステムズ、日本GE(現GEジャパン)などで幹部を務めた谷氏との意見交換を通じて、その要諦を明らかにしていく。(構成/小野田鶴)

入山章栄氏(以下、入山):谷さんが書かれたアマゾンの本のなかで僕がすごく好きなのは、「カニバリ」の話です。

社内事業の「カニバリゼーション(共食い)」の話ですね。例えば、新規事業を上司に提案したら、「いいアイデアだけど、うちには××事業があって、競合しちゃうからなあ」と難色を示される、といったケース。

入山:例えば、アマゾンには 「アマゾン・ペイ」というオンライン決済サービスがありますよね。その部門の責任者の方に以前、お話をうかがったことがあります。そのとき、「アマゾン・ペイ」を導入された事業者さんには、アマゾンが「DtoC」(ダイレクト・トゥー・コンシューマー)の支援をするのだと聞いて、びっくりしました。それって、仮想商店街の「アマゾン・マーケットプレイス」と完全にカニバるじゃないですか。

確かに、「DtoC」を支援するということは、自社サイトでの販売を支援することですから、アマゾンの仮想商店街に加盟するかもしれない潜在顧客を失う。社内の2つの事業が競合していることになります。

入山:でも、事業責任者の方は「いや、それでいいんです」とおっしゃる。全然、気にしていないんですね。

谷敏行氏(以下、谷):ええ。アマゾンは、社内カニバリゼーションを推奨します。なにしろベゾスは、電子書籍ビジネスを立ち上げるとき、担当者に「紙の書籍の必要性をなくすくらいのつもりで取り組め」と命じたくらいです。その当時、アマゾンの主力事業が「紙の書籍の販売」だったにもかかわらず、です。

<span class="fontBold">入山章栄(いりやま・あきえ)</span><br />早稲田大学大学院、早稲田大学ビジネススクール教授<br />慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール、アシスタントプロフェッサー。13年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。19年より現職。「Strategic Management Journal」「Journal of International Business Studies」など国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。主な著書は『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』(日経BP)、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)(写真:的野弘路)
入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院、早稲田大学ビジネススクール教授
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール、アシスタントプロフェッサー。13年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。19年より現職。「Strategic Management Journal」「Journal of International Business Studies」など国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。主な著書は『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』(日経BP)、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)(写真:的野弘路)
<span class="fontBold">谷 敏行(たに・としゆき)</span><br />東京工業大学工学部卒業後、エンジニアとしてソニー(現ソニーグループ)に入社。エレキ全盛期のソニーの「自由闊達にして愉快なる理想工場」の空気に触れながら、デジタルオーディオテープレコーダーなどの開発に携わる。米ニューヨーク大学経営大学院にて経営学修士号(MBA)取得。1992年にソニー退社後、米国西海岸でIT・エレクトロニクス関連企業のコンサルティングを手掛ける(米アーサー・D・リトルに在籍)。その後、米シスコシステムズにて事業開発部長など歴任。日本GE(現GEジャパン)に転じた後、執行役員、営業統括本部長、専務執行役員、事業開発本部長など歴任。2013年、アマゾンジャパン入社。エンターテイメントメディア事業本部長、アマゾンアドバタイジング・カントリーマネージャーなど歴任し、2019年退社。現在は、TRAIL INC.でマネージングディレクターを務めるほか、Day One Innovation代表としてイノベーション創出伴走コンサルタントとしても活動。
谷 敏行(たに・としゆき)
東京工業大学工学部卒業後、エンジニアとしてソニー(現ソニーグループ)に入社。エレキ全盛期のソニーの「自由闊達にして愉快なる理想工場」の空気に触れながら、デジタルオーディオテープレコーダーなどの開発に携わる。米ニューヨーク大学経営大学院にて経営学修士号(MBA)取得。1992年にソニー退社後、米国西海岸でIT・エレクトロニクス関連企業のコンサルティングを手掛ける(米アーサー・D・リトルに在籍)。その後、米シスコシステムズにて事業開発部長など歴任。日本GE(現GEジャパン)に転じた後、執行役員、営業統括本部長、専務執行役員、事業開発本部長など歴任。2013年、アマゾンジャパン入社。エンターテイメントメディア事業本部長、アマゾンアドバタイジング・カントリーマネージャーなど歴任し、2019年退社。現在は、TRAIL INC.でマネージングディレクターを務めるほか、Day One Innovation代表としてイノベーション創出伴走コンサルタントとしても活動。

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