アマゾン(米アマゾン・ドット・コム)という会社の本当の凄(すご)みは、「小売業の破壊力」ではなく「連続起業力」にある。すなわち、「組織的にイノベーションを起こし続ける仕組みを持っていること」にアマゾンの強さがあると、前回、申し上げました。その全体像を最もシンプルな形式で表現した方程式を、再掲します。

端的にいえば、アマゾンには、シリアルアントレプレナー(連続起業家)と呼ばれる人たちが、個人の脳内でやっていることを組織的に再現する仕組みがあります。これが【ベンチャー起業家の環境】で、代表的な仕組みとしては、「PR/FAQ」というイノベーション提案フォーマットがあります。 さらにアマゾンは、このようにして生まれた社内起業家に対し、【大企業のスケール】を与えることで、ベンチャー起業家よりも恵まれた環境に置きます。 しかし、それだけでは「イノベーション量産の方程式」は完成せず、大企業に特有の「イノベーションが起きにくくなる要因」を、取り除くことが必要で、それが方程式に「ー(マイナス)」を付けて示した【大企業の落とし穴】です。
前回は、これらのうち【大企業の落とし穴】について、概略を説明しました。 今回は【ベンチャー起業家の環境】について、簡単に説明します。大企業だけでなく、中小企業やベンチャー企業で新規事業に関わる方や、これから起業を考えている方にも、参考にしていただける内容だと思います。

たに・としゆき
東京工業大学工学部卒業後、エンジニアとしてソニー(現ソニーグループ)に入社。エレキ全盛期のソニーの「自由闊達にして愉快なる理想工場」の空気に触れながら、デジタルオーディオテープレコーダーなどの開発に携わる。米ニューヨーク大学経営大学院にて経営学修士号(MBA)取得。1992年にソニー退社後、米国西海岸でIT・エレクトロニクス関連企業のコンサルティングを手掛ける(米アーサー・ディ・リトルに在籍)。その後、米シスコシステムズにて事業開発部長など歴任。日本GE(現GEジャパン)に転じた後、執行役員、営業統括本部長、専務執行役員、事業開発本部長など歴任。2013年、アマゾンジャパン入社。エンターテイメントメディア事業本部長、アマゾンアドバタイジング・カントリーマネージャーなど歴任し、2019年退社。現在は、TRAIL INC.でマネージングディレクターを務めるほか、Day One Innovation代表としてイノベーション創出伴走コンサルタントとしても活動。
ソニー技術者として、バブル崩壊後に抱いた疑問
私がまだアマゾンに入る前、つまりアマゾンが確立している「イノベーションを起こす仕組み」に出会う前の話から始めたいと思います。
私がイノベーションを作り出すメカニズムというものに興味を持つに至ったのには、きっかけがあります。
私は大学を卒業した後、エレクトロニクスの技術者としてソニー(現ソニーグループ)に入社しました。日本経済がまだ右肩上がりに成長し続けていた時代です。ソニーからはCD、デジタルビデオなどの多くのイノベーティブな製品が生み出されていました。私もデジタルオーディオテープレコーダーを開発するプロジェクトの一員として働いていました。
自分の担当する部分を少しでもよくしたい。そんな思いで労働は長時間に及んでいましたが、働き続けても疲弊することなく、どんどん新しい発想が生まれてきました。職場全体がそんな熱気のようなものに包まれていて、仕事が楽しくて仕方がなかったのを覚えています。
しかし、日本経済は暗転します。1989年12月に日経平均は3万8915円のピークを記録して以降、下落を続け、いわゆるバブル崩壊を迎えます。その後、日本は30年間以上も経済低迷に苦しみましたが、その失われた時間は同時に、イノベーションを生み出す力を喪失した時間でもありました。日本から世界に向けて送り出されるイノベーションは、目に見えて減っていきました。自分のなかでも、バブル崩壊前後で何かが変わったという感覚がありました。
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