前回の記事では、エンゲージメントスコアなど非財務情報が企業の新たな価値基準になり得る点を取り上げた。だが、企業と投資家が新しいモノサシを用いて対話をしていくには、どのようなポイントがあるのか。前回に続き、会計・企業価値評価分野における気鋭の研究者である一橋大学大学院の野間幹晴教授を迎えた対談のもようをお届けする。

今はまだ、企業側もどのような非財務的要素を企業価値の源泉と捉え、対外的に発表するか、またどのように定量化し、どんな指標で開示するのか悩みますが、機関投資家も開示された情報をどう判断するのか手探り状態であるように感じます。これから徐々に非財務情報においても、企業と投資家の目線が合ってくるのでしょう。
野間幹晴・一橋大学大学院教授(以下、野間氏):開示する以上、投資家やステークホルダーに有用である情報内容でなければなりません。例えば、経済学者のゲーリー・ベッカーは、人的資本には一般的能力と企業特殊能力の2つの側面があると主張しています。前者は財務諸表を分析できる、あるいはデータ分析が得意であるなど他社に転職しても活用できる汎用的な能力です。後者は、その企業でしか製造していない製品を企画することにたけているというような、その企業でしか活用されない特殊な能力を指します。
企業にとっては企業特殊能力こそが競争力の源泉ですが、時としてその特殊能力は他社では価値を発揮できない能力であることもあります。したがって、企業特殊能力を人的資本だと測定して開示しても、他社比較あるいは横比較できないため、投資家の観点に立つと有用でない可能性があります。その点、エンゲージメントであればどの企業でも同じ基準に基づいて定量的に測定できる。企業や業種を超えた比較もでき、人的資本経営の一側面を測定する基準の一つになり得るのではないでしょうか。
Powered by リゾーム?