テクノロジーの進化や働き方の変化、地政学的リスクの高まりなど、ビジネス環境が急速に変化し続ける中で、投資家は企業価値を測るために財務情報だけでなく人的資本などの非財務情報にも着目するようになってきた。

 CFO(最高財務責任者)としてどう受け止め、どのような対応を取るべきなのだろうか。会計・企業価値評価分野における気鋭の研究者である一橋大学大学院の野間幹晴教授をゲストに迎えた対談の様子を、3回にわたってお伝えする。

(写真:竹井 俊晴)
(写真:竹井 俊晴)

緊急事態宣言下で明らかになった、企業価値とエンゲージメントの関係

会計基準にのっとり計上された財務諸表やその数値を活用した「財務情報」は、長らく企業価値の分析に活用されてきました。しかし近年、会計のルールでは表すことができないものの、企業価値に大きく貢献する非財務的な部分を「非財務情報」として発信していこうという機運が高まってきています。非財務情報の中でも、とりわけ“人”にまつわる資本を表す「人的資本」がホットな話題になりつつあり、機関投資家からも期待が寄せられています。

 今般、野間先生と一緒に人的資本を表す一つの指標であるエンゲージメントスコア(組織や仕事に対して自発的な貢献意欲を持ち、主体的に取り組んでいる心理状態を数値化したもの)と株価の関係について研究をさせていただき、興味深い結果が得られました。

野間幹晴・一橋大学大学院教授(以下、野間氏):今回の共同研究では、2020年4月に緊急事態宣言が発出された後、エンゲージメントの高い企業と低い企業で株価がどのように変化していったのかを実証的に検証しました。

 米ハーバードビジネススクールのPrithwiraj Choudhury(プリトラージ・チョードゥリー)准教授らによる、米グラスドアという求人情報の口コミサイトの書き込みと株価の関連を分析した研究から着想を得ました。

ハーバードビジネススクールの研究と今回の研究の違いはどこにあるのでしょうか。

野間氏:ハーバードビジネススクールの研究は、対象産業がIT業界に限られており、口コミという定性情報をAI(人工知能)によって定量化して分析しているため、再現性が確保されていません。今回、使用した「Wevox(ウィボックス)」のエンゲージメントスコアは、データそのものが最初から定量化されており、再現性が確保されたデータでした。また、業界のばらつきもあり、ITベンチャーのような新興企業だけでなく、エスタブリッシュメントな企業も多く含まれたデータを分析することができました。

具体的にはどのような分析をされたのでしょうか。

野間氏:業種や業態を限定せず、分析に必要なデータが取得できた上場会社を抽出し、緊急事態宣言発出後半年間の株価変動のデータとエンゲージメントスコアとの関連を分析しました。具体的には、エンゲージメントスコアと業績の先行指標である株価の関係をイベントスタディーによって検証しました。

 結果はエンゲージメントスコアの低い企業は株価が変わらなかった一方で、エンゲージメントスコアが高い企業の株価は上昇しました。当初、エンゲージメントが高い企業の株価が上昇するという仮説を考えていましたが、その仮説を支持する結果が得られたと同時に、エンゲージメントの高低によって株価が大きく異なることに驚きました。