CFOとして重要なのは適切にカードを使うこと

 CFOがマーケットとの対話の中で使うことのできる手数=カードはそれほど多くありません。限られたカードは1枚も無駄にすることなく効果的に使わねばなりません。

 例えば、社外の方に事業を正確に理解してもらうための情報開示において、企業は自社の業績を見通す上で参考となるKPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)を開示することがあります。IR(投資家向け広報)は継続開示が基本であるというルールの中で、CFOは社外の方々とのコミュニケーションに本当に必要でなおかつ経営の柔軟性や自社の優位性が崩れないようなKPIを戦略的に選んで公表します。

 ここで大事なことは長期的な視点から開示することで、短期的な株価形成を目的にはしないということ。そして、周りの意見に左右されずにCFOが明確な意思と戦略を持って開示することです。状況が芳しくないときに、株価を維持するために情報を隠すようなことはあってはなりません。私は状況が良いときよりも悪くなったときにこそ正確に状況を理解していただけるよう情報量を多くすることを意識しています。また、その日のためにいつか切れる「カード」を効果的に温存させることも意識しています。

 IR活動において、情報をもっと細かく公表してほしい、こういうKPIを開示してほしいというご意見をいただくことがあります。特に投資家の方々は企業の将来業績を分析し割安か割高かを判断して、投資するか否か決定されるので、ご要望をいただく機会は多くあります。

 アトラエでも、ある投資家からはSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)モデルのバリュエーションを反映させるためにはもっと細かなKPIが必要だとアドバイスをいただいた一方で、ある投資家からはプロダクトのステージに応じたちょうどいい開示粒度でスタイルが確立されているとの評価をいただいたこともあります。

 CFOは色々な声に惑わされることなく、どうしてこの情報を出しているのか、出せないのか、はたまたこういう状況になったら出すつもりであるかなどを真摯に説明し、会社の状況を正しく理解してもらう努力をすることが必要です。

 また、中期経営計画を開示するかもカードの1つです。ただし、開示するからには達成しなければなりません。ビジネスモデルの特徴や事業規模によっては変動幅が大きく、開示することで正しい理解が得られない恐れもあります。ピンチから逃れるために、実現が困難な「ビッグピクチャー」を描いた中期経営計画を出すことはやってはいけないと私は考えています。

 配当政策やファイナンス(資金調達)も重要なカードです。配当を出すかどうかはとても大きな選択ですし、様々なファイナンスを実行することでアナウンスメント効果などの副次的な効果が期待できる場合もあります。

 しかし、CFOが持っているカードは、どのカードも一度切ってしまうと後戻りをするのが非常に難しい。マーケットというルールの中でどうやってカードを集め、切っていくのかという点でCFOの手腕が問われます。

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