COO(最高執行責任者)として日産自動車の復活をリードし、現在は官民ファンドであるINCJ(旧産業革新機構)の代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)としてスタートアップ支援などを手掛ける志賀俊之氏をゲストに迎えた対談。

2回目のテーマは大企業とスタートアップのCFO(最高財務責任者)の違いについて。巨大艦隊をCOOとして率いた志賀氏はその違いとCFOのキャリア形成をどう見るのか。

志賀俊之(しが・としゆき)氏 INCJ代表取締役会長兼CEO
志賀俊之(しが・としゆき)氏 INCJ代表取締役会長兼CEO
1953年生まれ。76年、日産自動車に入社し、2000年に常務執行役員。05年4月にCOO、同年6月からは代表取締役COO。13年代表取締役副会長を経て、15年6月 から官民ファンドの産業革新機構(現INCJ)代表取締役会長。18年9月から現職(写真:的野弘路)

日産自動車でCOOや武田薬品工業の社外取締役を務めるなど、大企業で要職に就かれた志賀さん。今は官民ファンドの責任者としてアーリーステージの企業まで幅広く目をかけておられますね。大企業のCFOとスタートアップのCFOの違いはどこにあるとお考えでしょうか。

志賀俊之INCJ代表取締役会長兼CEO(以後、志賀氏):大企業の場合には、CFOの下にチームがあります。財務担当、IR(投資家向け広報)担当、M&A(合併・買収)担当、税務担当、決算担当など幅広いチームがCFOを支えています。ただ、日本の大企業の多くは、一橋大学の伊藤邦雄先生が指摘しているように「スーパー経理部長しか育たない」という人材育成システムの問題を抱えています。

 多くの大企業では、そもそも経理と財務に分かれています。経理に入ると多くは会計決算を担当します。相当の知識を持った人はずっと決算をやっているわけです。それで課長になってやっと少し違うところを見るようになります。

 一方で財務に入った人は銀行や証券と付き合って資金調達や運用を担当していきいます。部長クラスになってやっと両方を見るようになるのですが、M&Aはやったことがないのでデューデリジェンス(資産査定)のやり方も知らないレベルの人もいるくらいで、そもそもCFOになる教育を受けていません。海外企業でCFOを担う人材は大学でファイナンスを学び、その後に会計事務所などを経て、大企業に勤めるなどしています。

 これはキャリアの積み上げ方として、小さいところから大企業へとスケールアップするキャリアパスがあるからです。日本でも中小企業に入れば、財務も経理も見なければならないし、株主総会や営業報告書、有価証券報告書も自分でやるところから学んでいくわけです。

同じ大企業でも、海外の企業ではキャリアの積み上げ方も違うわけですね。

志賀氏:グローバル企業では海外子会社で学んで本社のCFOになるというキャリアパスもありますが、日本の一般的な大企業は違います。CFOの下のチームに所属し、財務・資金調達・運用に分かれ、ずっと同じ部署で業務を担当します。チームでやっているから仕事ができている世界で、スタートアップとは全く違います。

 スタートアップではそもそもシードの段階ではCFOなんかいません。若い創業CEOから「管理をやって」と言われて、経理と財務だけでなく、人事や総務も全部入っている状態です。ステージが進めば「そろそろ資金調達をしなくちゃ」とそれも担当します。

 資金調達して突然5億円とか入ってくると、今度はキャッシュフローのマネジメントに入るわけです。アーリーからミドルステージに上がってくると、今度はもっと大型の資金調達になり、ベンチャーキャピタル(VC)が求めるCFOとしての力量も高くなりますから、相当の知識とスキルが求められるようになります。

 さらにIPO(新規株式公開)が近づいてくると、コーポレートガバナンス(企業統治)など管理関連の仕事が次から次へと入ってきます。後半になると投資家とのコミュニケーションの仕事も回ってきます。ステージごとに求められるスキルが全く異なるので、会社の成長とともにCFOも成長していかなければなりません。

 大学でちょっと簿記をやっていましたというレベルで始まったCFOとしてのキャリアであっても、IRまで進むと投資家に魅力を感じてもらうためのコミュニケーション能力やプレゼンテーション能力が必要になります。スタートアップのCFOに求められているのは経理や財務やIPOの知識だけではないのです。

 投資家としてはCFOの説明を聞きたいわけですし、「売上高が伸びると言っているけど、その蓋然性はどこにあるのか」と責められて、CFOとしてはそれに対してきちんと答えていかなければならない。だから圧倒的なスピードで自分自身が成長する必要があるのです。

 一方で、大企業ではチームがあって仕事がサイロ化されているので、CFOが育ちづらい。大企業で役職定年になった人が、「大企業の経理部長をしていたからスタートアップのCFOをやってあげましょう」と言ったところでできるはずがありません。

実際にスタートアップのCFOが引き起こした失敗例はありますか。

志賀氏:大企業は大きな組織ですから、皆で補完しあっているので大きな失敗にはなりませんが、スタートアップではそれが命取りになります。ある知り合いの有名人が自分でスタートアップを立ち上げ、アーリー段階で50億円も調達してしまいました。初めから大きな規模になってしまったので、誰もそんな会社には近寄らないわけです。これは大失敗でした。

 また、少額の時価総額でIPOしたら、その後全く流動性がなくて、新たな資金調達ができないケースもありました。VCは去ってしまったので、誰も面倒を見てくれません。こうしたケースはたくさんあります。

 スタートアップにおけるCFOとしての役割は大企業以上に重要で、しかも求められているスキル・コンピテンシーのレベルが高いのが実態ですが、その割に人材の供給が少ないというのが、大きな問題だと考えています。

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