期待がかかる日本の小型化技術

東大浅野キャンパスの「量子コンピューター・ハードウェア・テストセンター」に設置された量子システム・テストベッド(出所:IBM Research) 
東大浅野キャンパスの「量子コンピューター・ハードウェア・テストセンター」に設置された量子システム・テストベッド(出所:IBM Research) 

 IBMは、川崎での商用量子コンピューター稼働開始に加え、ハードウエア面の技術開発を担う「量子コンピューター・ハードウェア・テストセンター」を、東大内に開設しました。センター内には「量子システム・テストベッド」と呼ばれる実験用の量子コンピューターが設置され、材料や部品、技術などの研究開発に使われます。トップシークレットといえる量子システム・テストベッドがIBMの社外に置かれるのは初めてのことで、同社がいかに日本のモノづくりに期待しているかが分かります。

 では、具体的に日本はどのような役割を期待されているのでしょうか。

 東大大学院理学系研究科の特任教授である仙場浩一氏は「日本のお家芸、ダウンサイジング」と指摘しています。なぜ小型化が重要なのか、仙場氏は電子レンジを例に説明します。

 マイクロ波を利用して食品を加熱する電子レンジの原理は、米国で軍事用レーダーの開発中に偶然発見され、1947年に最初の製品が発売されました。当時の電子レンジは大型冷蔵庫くらいの巨大なもので、主にレストランなどで業務用として使われていました。その小型化に成功したのが日本です。

 電子レンジの心臓部はマグネトロンと呼ばれるマイクロ波発生装置ですが、日本は圧倒的に小さく安価なマグネトロンを開発。その結果、電子レンジは一家に1台、どこの家庭にもある調理器具となりました。そして電子レンジの普及は、冷凍食品やコンビニ弁当といった新たな産業を生み出し、夫婦共働きなど、私たちのライフスタイルにも大きな影響を与えました。

 IBMのSystem Oneも、発明されたばかりの電子レンジと同様、1部屋を占有するほどの巨大なマシンです。これは心臓部である超電導量子ビットを安定動作させるには、絶対零度(セ氏マイナス273.15度)に近い極低温で冷却する必要があるためです。

 今後量子ビット数を増やしていくと発生する熱が増え、ますます安定稼働が困難になります。極低温マイクロ波コンポーネント、超電導量子ビットを安定的に動作させる材料の検討、信号伝送に必要な高周波部品や配線の技術、冷凍機やコンプレッサーの制御技術といった技術開発が不可欠です。そこで、これらを得意とする日本のモノづくりに期待が集まっているのです。

ノイズすら計算に生かす

 

 ソフトウエア面にも日本の強みがあります。それは制約がある中で結果を出す力です。

 これまで組み込み系開発を数多く手がけてきた日本企業には、計算資源が少ない中でいかに実用的な結果を出すか、ノウハウや工夫が蓄積されています。そして量子コンピューターを活用する上で、これらの技術が重要になります。というのも現在の量子コンピューターは、ノイズによるエラーが避けられず、ノイズがある中でいかに計算をするかという使いこなしが求められるからです。

 18年に「IBM Q ネットワークハブ」を開設し、国内の量子コンピューター研究をリードしてきた慶応大学の量子コンピューティングセンター長である山本直樹氏は、現在の量子コンピューターの使いこなしは、初期の「ファミリーコンピュータ」(任天堂のテレビゲーム機)のゲーム開発者に似ているといいます。「あれだけ制約が厳しいハードウエアを徹底的にハックして、楽しいゲームの数々を生み出してきた」(慶応大学の山本氏)。現状のノイズがある量子コンピューターも使い方次第で実用的な結果を導けるはずだと主張しています。

 実際、山本氏は三菱ケミカル、日本IBM、JSRとの共同研究で、量子コンピューターの実機を使い、ノイズすら計算資源として活用するというアプローチで、エラーを抑えながら高い精度で有機EL発光材料の性能予測に成功しています。

 量子コンピューターはハードウエア面でもソフトウエア面でもまだまだ課題があり、使いこなしが難しい技術です。そして難しいからこそ、逆に先に使いこなすことができれば、圧倒的なアドバンテージを得るチャンスにもなります。

 今回説明したように、本命であるゲート型量子コンピューターにおいて、日本はハードウエア面でもソフトウエア面でも優位性を持っています。この優位性を手に、いずれくる量子時代にどれだけのインパクトを与えられるか。日本企業が秘める底力に期待が集まっています。

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