本連載では、量子コンピューターが、いつ、どのように社会を変えていくのか、そしてその中で日本が持つ優位性について見てきました。第3回では、日本の量子技術を別の角度から深掘りしてみましょう。

 2021年9月、東芝や日立、富士通、NECといった量子技術分野に携わる24社により「量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)」が設立されました。その実行委員長を務める東芝代表執行役社長CEO(最高経営責任者)の島田太郎氏に、日本の量子産業の展望を伺いました(編集部注:取材時の島田氏は執行役上席常務最高デジタル責任者)。

2021年9月、量子技術による新産業創出協議会 、通称Q-STARという団体を設立しましたね。本当に多種多様な業種の企業が集まっています。この連載では、量子が私たちの生活やビジネスをどう変えていくのかということを考えてきました。一方で島田さんには、量子産業がどう変わっていくかという部分も見えていると思います。ですから、量子技術を普及させていくためには、何がポイントで、どこに力を入れていくべきなのかをお聞きしたいと思っています。

東芝代表執行役社長CEOの島田太郎氏(写真=竹井俊晴)
東芝代表執行役社長CEOの島田太郎氏(写真=竹井俊晴)

東芝代表執行役社長CEOの島田太郎氏(以下、島田氏):私は最近「量子ってかわいいやつだな」と思うんですよね。

おお、いきなり(笑)。

島田氏:量子力学ではエネルギーのエントロピーが低いところに瞬間的にいく、という性質がありますが、これは行動経済学で言うところの「ヒューリスティック」に似ていると思うのです。

 一般的なコンピューターは、0と1の2つの数字を使って、順番に計算していきます。これはスーパーコンピューターでも同じです。でも、量子コンピューターは違います。量子が瞬間的に、エネルギーの低いところに移動する。計算しているのではなく、物理現象なんですね。

猫が日だまりにぱっとワープしてみんな集まる、みたいなイメージですね。

島田氏:そうそう(笑)。行動経済学のヒューリスティックというと、人間は何か選択をするとき、延々と複雑なことを考えて合理的に選ぶのではなく、瞬間的にぱっと選択をするという考え方です。だから(合理的な行動を前提とした)旧来の経済学が成立しないケースが多々あります。

均質性がある時代は、皆の嗜好も大体同じだったので、周りの行動を見ながら計算する方法が強かったんですね。1時間後には、ここに日だまりができる、と。ところが変化の時代になると、急にどこかで日だまりが生まれるようなものですから、周りを見ながら計算しているのでは、対応できません。

島田氏:私は人間の脳の動きと量子コンピューターの計算方式は似通っていて、自然だと思っています。今までのコンピューターのほうが不自然だった、と。先日、シカゴ・クオンタム・エクスチェンジ(シカゴ大学に本部を置く量子研究のための会員組織)の物理学者、デイビッド・オーシャロムさんと話したときも「物が倒れるといった日々起こっている物理現象はすべて量子によって起こるのだから、自然なのは当たり前なんだ」とおっしゃっていました。

 それをコントロールしたり使ったりできる世界になれば、コンピューターの不自然さが解消され、もっと自然になっていくのではないかと感じています。例えばサジェストなんかも、もっと人間らしい答えを出してくれたりとか。

もともと人間の脳も、神経のつながりの中で最も安定するところを瞬間的に見極めて答えを出しますよね。

島田氏:それも物理現象なんです。これまでは無理やり0と 1でシミュレートして計算してきましたが、量子コンピューターの世界がくれば、今の異常なデジタルの世界は古くさくなり、もっとアナログな感じの世界が生まれるのではないか、という予感がしています。

 しかも、ものすごく広大な空間でそれを最適化できますから、初めてグーグルを触ったときのようなセレンディピティー(幸運な出合い)を感じる体験ができるようになるかもしれません。まだ具体的には言えませんが、実は少しそれを予感させる現象も出てきています。膨大なデータをいろいろな方法で最適化すると、思いもよらないような特徴抽出ができる、という。

グーグルを初めて触ったときの衝撃が何だったかというと、インターネットのリンクを気持ちいいほうに、つまりヒューリスティックにたどると、3つ先、4つ先で「こんな情報に出合えるんだ」という驚きですよね。それまでヤフーがサイト単位で整然とリスト化していたインターネットを、グーグルはページ単位でつないで飛べるようにしました。

島田氏:一方で、私は最近のインターネットに対して違和感が強いんですよ。インスタグラムでも、ユーチューブでも、驚きがないというか、ものすごく偏ったところに寄せられている感があります。

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