大塚製薬が1980年に発売した「ポカリスエット」。汗をかいたときに失った水分と電解質(イオン)を速やかに補給できる全く新しいカテゴリーの飲料として登場した。現在ではアジアや中近東地域などで広く愛され、熱中症を防ぎ、脱水症状を救っている。「清涼飲料は甘いもの」が常識だった時代に、薄味のポカリスエットはどのように誕生し、世界へ広まっていったのか。(文中敬称略)

タイのバンコク郊外にあるゴルフ場。猛暑の中でのプレーは汗を大量にかき、一緒に塩分やミネラルなどが失われるためか、足がつってしまうゴルファーも多い。そんなとき、「これを飲めばいいのよ」とタイ人キャディーが差し出すのが、「ポカリスエット」だった。もう10年以上も前の話である。
大塚製薬がタイでポカリスエットを発売したのは1998年。それから10年ほどで、「汗で失われる成分を補給する」というコンセプトの機能性飲料は、タイの市場で日本と同様に定着していた。タイに先んじて89年に発売されたインドネシアでは、熱中症や下痢などの症状がある際の水分補給に欠かせないものとして、他の飲料よりもやや高めの価格で売れ、「国民的飲料になった」と話す人もいる。
現在は日本を含めてアジア・中近東など20以上の国・地域で売られているポカリスエット。最近では2019年にメキシコでも発売した。そのメキシコでのある出来事が、全く新しいコンセプトを持った飲料「ポカリスエット」が生まれるきっかけになったという。
現地で入院して発想した「飲む点滴」
1970年代前半、1人の大塚製薬社員がメキシコの病院で苦しんでいた。のちに大塚食品の会長になるなど、大塚グループで開発者として活躍した播磨六郎(故人)だ。現地で飲料向けの熱帯産果実を視察して歩く中、激烈な腹痛に襲われた。下痢による脱水症状になって病院で苦しんでいるときに、医師から渡されたのは抗生物質と炭酸水だったという。大量に飲むのはキツかったのかもしれない。
「ごくごくと飲めて、栄養も一緒に補給できる飲み物があれば……」。このときの“受難”と、医師が長時間の手術後に点滴を飲む光景を思い出した播磨は、水分と電解質を補給できる「飲む点滴」という具体的なイメージを持ったという。播磨は、のちに大塚製薬の3代目社長となる大塚明彦(故人)に、このアイデアを提案してみた。
明彦は「時期の問題だな」と答えたという。
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